溺愛なんて聞いてない!
よーいどん、とその場を逃げ出したつもりだったのに茉奈ちゃんが私を阻む。
「先輩!駄目ですよ。次行きますよ、次。王子の話聞いて下さいよ!」
「ごめん!茉奈ちゃん!又聞くから。今日は帰らせて?」
「だーめーでーすー」
「茉奈ちゃん?あぁ〰飲みすぎたでしょ!」
「えへへへー。だって、王子強いんですもん」
引き摺られるように手をとられ、あれよあれよと外に連れ出された。
営業部の面々が次に行くやら帰るやら。いつものように話し合っている。
その先に総務のお姉様方が固まっていて、きっとその中心には煌がいるはずで。
まだバレていないと信じて今度こそ逃げ出さねば。
執拗に次を進める茉奈ちゃんを説得して、今日だけは帰らせてと拝み倒す。
「ごめんね茉奈ちゃん。今度ゆっくり聞くから。今日はごめんっっ!」
口を尖らせながらも「絶対ですよ!」と渋々許しを得る。
「どうした?帰るなら送るぞ?」
私の慌てぶりに佐々木までもが参戦してくる。
「ううううううん!大丈夫!!!大丈夫だからっっ!!!」
「でも……顔色悪いぞ?飲みすぎたか?」
「本当に平気!!あっ、ほら向こうで課長が呼んでるみたいだよ??」
「ん?マジか。」
嘘です。
でまかせです。
ごめんなさいっ!
だけど、他意はなくとも男の人と一緒にいるところなんて、送ってもらってるところなんて煌に見られたら何を言われるか。
罵詈雑言の雨嵐だ。
視界の端に映っていたお姉様方の集まりがバラけてきているのが分かった。
本当に時間がない!
お願い、早く私を逃がせて!
「本当、本当!大丈夫だから!行ってきたら?」
「うーん……じゃあ気を付けて帰れよ?」
「うん!茉奈ちゃんも飲み足りないんでしょ?一緒に行っておいで?」
「うーん。そうしようかな。一花先輩、又月曜日に」
「うん。じゃあ、」
二人に笑顔で別れ、今度こそ脱兎のごとくと言わんばかりに走り出したその時、
「はい、捕獲完了」
なんて言葉と共に首に手を回された。
背中に感じる温もりと、首に回った二の腕に頭はパニックだ。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「うっせぇ」
「な、な、ななななな何っ!?」
「久しぶりだな、一花」
久しぶりに聞いた地を這うような不機嫌な声。
幾度と無く聞いたこの声。
「逃げられると思うなよ」
2度と聞くことはないと思っていた、
煌の声。
私の平穏が崩れ去った瞬間だった。