ピアスホールに棲む魔物
ピアスホールに棲む魔物



使い捨てたはずの虚しさは、ふとした刺激で簡単に、この身体へと舞い戻ってくる。

並んで沈む安いソファの感触だとか、朝のニュースを読み上げる女子アナの味気のない笑顔だとか、カーテンの隙間から這いずり込んでくる薄紫の朝焼けだとか。気だるい身体を憂鬱にするきっかけは、日常のそこら中に転がっている。

僕はまた飽きもせずにそれを拾って、どうしようもないな、なんて、他人事みたいにため息を吐くのだ。


「帰りたくないなぁ……」


ぼそりと、独り言のように呟かれた声が、また新たなきっかけとなって、狭いワンルームの隅に転がった。綿埃みたいに積み重なった憂鬱のてっぺんにふわりと座って、僕の返事を待っている。

何か言わなくちゃ、と思えば思うほど、言葉が見つからない。そうだね、と軽く相槌を打ったところで、また新しい埃を吐かれて振り出しに戻るんだろう。君と過ごした時間の長さが、そんなつまらないことを僕に教えてくれる。

だけど、


「……そうだね」


帰れと言えば泣くだろうし、帰るなと言ったところで君はどうせ僕を置いて行くだろう。泣いてしまいたいのも帰したくないのも僕なのに、僕にそんなことができないのを知っていて、いつも君が先回りしてしまうから、こうして無意味な相槌なんかで、少しでも長く引き止めておくしか術がない。

やってられない、意味がない。
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