ピアスホールに棲む魔物
「帰れって、言ってもいいよ」
頬を伝った涙を指で拭いながら、見る気もないテレビの画面をただ眺めては、そんな台詞を投げて寄こす君の横顔を、朝焼けが薄く照らしている。
「言わないよ」
「どうして?」
「どうしてだと思う?」
不意に目が合って、君の目からまた涙がこぼれて、僕の指がそれを拭った。そのまま頬を伝って髪を掻きあげた指の隙間で、君の左耳に居座った小さなピアスが、きらりと光った。
銀の台座に、エメラルドグリーンのまぁるい石が寄り添ったそれは、きっと彼に貰ったものなんだろう。シャワーを浴びる時も、僕と抱き合っている時も、キスをしている時も外さないそれは、浮気性な“彼”が、一体何度目の『ごめん』と一緒に贈ったものなんだろう。
何も言わずに、ただ静かに泣き続ける君がもどかしくって、親指と人差し指で慎重に、傷をつけないようにゆっくりと、僕はその小さな石を君の耳から引き抜いた。
「……早く帰って、仲直りしておいで」
もう一度髪を撫でて、肩から腕を辿って、君の白くて小さな手のひらに、奪い取ったピアスをそっと乗せた。
俯いたまま、ごめんね、とまた泣く君の耳元で、もうそこにはいないはずのエメラルドグリーンが、それでも僕を、嘲笑った気がした。
【ピアスホールに棲む魔物】
(埋めることが出来たなら、その魔物は死ぬのだろうか)