桜の下で
「いつも通りに弾いて。」

演奏する前に直也は言った。

ピアノの音が聞こえだした瞬間会場は静かになる。

ここには音楽の評論家などもいる。凄く緊張する。

いつも通りに…弾けばいい。

ヴァイオリンが入る時にはここがステージだったことをすっかり忘れて弾いた。

楽しめる位まで私は音楽に入っていた。

観客の人達は俺達の演奏に夢中だ。

いや…菜穂のヴァイオリンに夢中だろう。

菜穂は笑顔で弾いている。

もう終盤。

まだ三十秒ぐらいしか経っていないように思える。

ピアノの音もヴァイオリンの音も止まると拍手喝采が起こる。

俺は何があったのかわからない位集中していたらしい。

直也はまた席から立ち話し始める。

「この曲は作ったばかりで曲名がありません。上手く説明が出来ませんが…とにかくこの曲を聴いてください。」

この曲の題名は…loverと書かれている。

なのに何故言わないんだろう。

私の気持ちを悟ったように直也は話す。

「菜穂が恋人…loverだから。」

そう言うとピアノに向き合う。

今ので私の顔真っ赤になっただろう…ああ!もう!恥ずかしすぎて死にそうだよ…こんなサプライズまで用意してさ…

演奏は突然始まる。

ピアノの音が前奏に奏でられる。

そして途中に菜穂のヴァイオリンの音が入る。

ピアノの音と混ざって綺麗な音色を紡いでいる。

もう俺達は環や一樹。観客やテレビ局の人がいることも忘れていた。

思いっきりこの時間を楽しんだ。
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