桜の下で
そのまま何も話せず帰ってしまった。

菜穂のヴァイオリンを聴きたくなった。

菜穂の音はどこか切なげなのに温もりのある
不思議な音だった。

俺は天才ピアニスト少年とか言われてたけど
それなら菜穂は天才ヴァイオリニストだ。

でも菜穂は記憶喪失になってからヴァイオリンは
弾かなくなった。

あの音はもう聴けないかもしれないんだ。

家に着いてすぐにピアノの前に座る。

そしてボロボロの楽譜を引っ張り出す。

ピアノ協奏曲第一番ラフマニノフだ。

菜穂と二人で…ずっと練習してた曲だった。

二人だけだから音は足りなかったけど二人だから
細かいところまでずっと覚えていた。

今でも菜穂のヴァイオリンの音は覚えてる。

その日はなんども…なんども弾いた。

多分7回目ぐらいで1本の弦が切れた。

低音の弦が切れる事はなかなか無いのに…

弦がきれたら仕方がない。寝よう…

何もしたくない。

あの日…俺はどうすればよかったんだよ…
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