あたしとお義兄さん
10.死屍累々



「それに長男は駄目ですね。当然、次男か三男。家の切り盛りなどという気苦労はさせられません。
 結婚したら、工藤の姓に婿として入って貰うつもりですし、家は私が建てますから、二世帯という形で暮らして戴きます」

 一也は既にカウンターの上に倒れていた。
 バーテンはキャリアが長い所為か、見事な鉄面皮だ。しかし、うっすらと光る冷たい汗を流している。


 結婚した後まで義妹を束縛するつもりか、この義兄は……

「一年の行事はその掛かる費用一切を私持ち、という事で一緒に行います。経済的でしょう?」

 にっこりと天使の様な微笑みを浮かべ、満足気に傍らを見やった静馬は、そこでやっと親友の異変に気がついた。


「───────それはどういう意味ですか、一也」
「……おめーなー」

 倒れたまま、一也は静馬の前に指を突き出した。

「自分の嫁さんと彼女と彼女の旦那とお前とでスノボに行ったとするな、さてリフト待ちで漸く彼女が座った。隣は誰が座る?」
「……………」

 私が、と唇が動いたが声にはならなかった。
 一也は追い打ちをかける。

「朝。おはよう、と庭先で洗濯物を干す部屋着の彼女に挨拶される。可愛く傾げた項うなじにちらりと赤い情事の跡、キスマークを見つけた。
 お前はどんな気持ちだ?」

 僅かに俯き、苦しそうに眉根を寄せた静馬を一瞥すると、一也はバーテンにソルティドッグを注文し、親友の肩を叩いた。

「お前は彼女が好きなんだ。他の男に取られて後悔したくないなら、潔く認めろ」
「そんな……」

 尚も渋る静馬の真正面でガンを飛ばす。

「その寝惚けた面ツラの前でいっちょ、俺がそのリンちゃんとやらにディープキスでもかましゃあ目が覚めるのか?」


「────────── 一也‼︎」

 鬼気迫る迫力で立ち上がった静馬に、視線を逸らしもせずに一也は対峙する。
 バチバチと火花が飛んで、やがて──────どさり。
 静馬は遣る瀬無い顔をして、右手で口元を覆う。

「ええ、仰る通りです。私はあの女性を誰にも渡したくない。でも……」
「でも?」
「妹としての彼女も失いたくないんです」

 黒髪の美青年は水滴の付いたグラスをぐっと握った。
 自分でも情け無い、といった様子で頷くと、その艶やかな黒絹が表情を隠す。

 一也は目を丸くして親友を見つめる。

「馬鹿だな、お前。親父さん達も伊達や酔狂なんかであの歳で再婚なんざしやしねぇだろうが。
 例え反対されたと感じたって別れるより時間を置くつーやり方を選ぶ二人だ、その辺大丈夫なんだろ?」
「………ええ」

 アイアンクローで静馬の沈んだ顔を上げさせると、空いた手で秀麗なその額を叩く。

「なら、恋人にしようが、妻にしようが、お前の義妹には変わりはないじゃないか」

 ペチペチ、と音を立てて叩いてた一也は、親友の肩を優しく抱え込んだ。

「ん?よ〜く考えてみろ?そうすればお前は彼女と諍いを起こさない、大人しいだけの女を捜さずに済むし、彼女の男に嫉妬する事もないんだぞ。問題は一気に解決する訳だ」

 すっかりと二人だけの世界に入り込み、一也は在りもしない星を指差す。



「チューもその先も思いのまま、だぞ?」



 バーテンは鉄壁の自制心をフルに使って、無表情を貫いていた。

「……よく、考えて…みます」

 途方に暮れて小さな声で応えた静馬は、親友にバンバン尻を叩かれ、『まるで私、競走馬の様ですねぇ』と心の中で呟いた心の中で呟いた。


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