あたしとお義兄さん
11.聖なる夜に義兄が現れた!
クリスマス・イブは雪が降っていた。
静馬はこの日の為に全てのスケジュールを調整している。
微妙な時間のズレすら気になるので、鈴子にはまだ連絡していない。
タブレットを操り、最後の仕事をメールで送ると急いで携帯を取り出す。
呼び出すが、義妹はそれに応じる気配すらない。
おかしい。
彼女は今日は予定が無い筈だ。
部屋で大人しくマジパンサンタ突き刺したショートケーキを食べて、明○家サンタ録画してふて寝する旨を、自分に向かって高らかに宣言していたのだから。
これはアレだ。鈴子の、自分に対する『構って』アピールだと勝手に受け止めた静馬は、
『イブも仕事が立て込んでいて、こちらに顔を出す事も出来ないかもしれません…』と、頭を下げた。
優しい彼女はうんうん、頷いて快く許してくれた。
『うん。頑張って片付けたら夜は自分へのご褒美にして、ゆっくり婚約者候補さん達の中のお気に入りの人とでも過ごせばいいさぁ。
こっちの事は全く気にしないで〜むしろ一人が楽…ゲフンげふん』
ああ、その瞬間、満面の笑みを浮かべてこちらを振り返ったリンが、私の顔を見てちょっとだけ引きつっていたのは何故なんでしょうか…。
その時の少し苛々した気分を思い出しながら、静馬はコートを慌ただしく掴み、呼び止める数多の人々を振り切って、脇目も振らずに鈴子のアパートを目指した。
───────────三十分後。
鈴子の部屋の呼び鈴を鳴らした黒の美青年は、彼女の留守を知った。
「一体、何処行っちゃったんでしょう、リンは…」
こんなに寒い日なのに。
静馬はすらりとした身体をコートの前すら合わせもせずに下を覗き込む。
あの女性は自分が風邪を引きやすい体質だって事を直ぐに忘れるんですから。
義兄は既に馴染みのイタリアンの店に無理を言って、VIPルームを空けさせていた。
もちろん、沢山いる婚約者候補殿達の為ではない。
たった一人の義妹の為だ。
彼女とクリスマス・イブを楽しく過ごす為だけに、静馬はこの一週間というもの、ろくに眠りもせずに予定を調整してきたのだから。
最初から断られる可能性など、微塵にも考えていない。
「下で車を暖めておいた方がいいですかねぇ」
そう呟きながら下へ降りて行った静馬は、不意に動きを止めた。
時間が止まったかと思った。
確かに道の向こうから歩いて来るのは、自分の大切なリンだ。だが、その横に……
彼女の隣を自転車を押して、楽しそうに歩いている男は、あれは一体何だ?
静馬は発作的に飛び出した。
何も考えられなかった。両の脚が自然と二人に向かって駆け出していく。
頭がガンガンと割れるように痛み、脈打った。
───────『お義兄さん、実は私、恋人が……』
一也の言葉が彼女の声で再生される。
その瞬間、静馬は理性という理性を全て吹っ飛ばしていた。
一方、鈴子の方は……
楽しく歩きながらお喋りしている所へ、ざかざか足音がして正面に向き直る。
義兄だ。
麗しい美形が黒いコートの裾を翻し、物凄い勢いで自分の方に駆けてくるではないか。
おりゃ?静馬さん、来てたのか。
それくらいにしか思わなかった鈴子は、傍まで近づいた彼の形相に心底慄いた。
「し、静馬さん?」
思わず足が止まる。当然、隣を歩いていた相手も自然と立ち止まった。
どうしたのか、と尋ねられて彼に振り向いた瞬間、いきなり鈴子は力強い腕と胸に背後から抱きすくめられていた。
何が起こったのか、把握すら出来なかった。
静馬は鈴子を懐深く抱き込むと、男に『ギンッ‼︎』と音のする様な強い視線を据える。
「リン、この男性は誰ですか⁉︎」
「はいー⁉︎」
「貴女の一体、何なんですか⁉︎」
義兄の勢いに呑まれて絶賛パニック中の鈴子に、尚も鋭く問い質す静馬は、既に見境いというモノが粉砕されていた。
頭の中は完璧にぶっ飛んでおり、一也のからかう言葉だけが飛び交っている。
相手は静馬のその剣幕にタジタジとなって、思わず青ざめていた。
「す、すいませんでした‼︎」
静馬の勢いに、その若い男性は平謝りして頭を下げる。
「──────すいませんで貴方は済むと、」
「俺もまさか、歩行者とぶつかるとは思わなかったんです‼︎前方不注意でした……」
───────前方不注意?───────
固まった静馬とは裏腹に、漸く事態を飲み込めた鈴子は、ぽりぽりと頭を掻いた。
「何、勘違いしてんですか静馬さん。この人、さっきあたしと自転車で衝突したんですよ。
そいで心配して送ってきてくれただけです」
憮然たる表情で、彼の押す自転車を指差す。
「ぜ、前方不注意?」
狼狽して呟く静馬に重々しく、一つ頷く。
「そう。あたしも悪かったんです。本屋帰りに新刊読みながら歩いてて…」
「───────危ないでしょう⁉︎何処をぶつけたんですか、見せなさい!」
いきなり猛然と美青年が義妹の身体を弄り、入念にチェックし始めた!
クリスマス・イブは雪が降っていた。
静馬はこの日の為に全てのスケジュールを調整している。
微妙な時間のズレすら気になるので、鈴子にはまだ連絡していない。
タブレットを操り、最後の仕事をメールで送ると急いで携帯を取り出す。
呼び出すが、義妹はそれに応じる気配すらない。
おかしい。
彼女は今日は予定が無い筈だ。
部屋で大人しくマジパンサンタ突き刺したショートケーキを食べて、明○家サンタ録画してふて寝する旨を、自分に向かって高らかに宣言していたのだから。
これはアレだ。鈴子の、自分に対する『構って』アピールだと勝手に受け止めた静馬は、
『イブも仕事が立て込んでいて、こちらに顔を出す事も出来ないかもしれません…』と、頭を下げた。
優しい彼女はうんうん、頷いて快く許してくれた。
『うん。頑張って片付けたら夜は自分へのご褒美にして、ゆっくり婚約者候補さん達の中のお気に入りの人とでも過ごせばいいさぁ。
こっちの事は全く気にしないで〜むしろ一人が楽…ゲフンげふん』
ああ、その瞬間、満面の笑みを浮かべてこちらを振り返ったリンが、私の顔を見てちょっとだけ引きつっていたのは何故なんでしょうか…。
その時の少し苛々した気分を思い出しながら、静馬はコートを慌ただしく掴み、呼び止める数多の人々を振り切って、脇目も振らずに鈴子のアパートを目指した。
───────────三十分後。
鈴子の部屋の呼び鈴を鳴らした黒の美青年は、彼女の留守を知った。
「一体、何処行っちゃったんでしょう、リンは…」
こんなに寒い日なのに。
静馬はすらりとした身体をコートの前すら合わせもせずに下を覗き込む。
あの女性は自分が風邪を引きやすい体質だって事を直ぐに忘れるんですから。
義兄は既に馴染みのイタリアンの店に無理を言って、VIPルームを空けさせていた。
もちろん、沢山いる婚約者候補殿達の為ではない。
たった一人の義妹の為だ。
彼女とクリスマス・イブを楽しく過ごす為だけに、静馬はこの一週間というもの、ろくに眠りもせずに予定を調整してきたのだから。
最初から断られる可能性など、微塵にも考えていない。
「下で車を暖めておいた方がいいですかねぇ」
そう呟きながら下へ降りて行った静馬は、不意に動きを止めた。
時間が止まったかと思った。
確かに道の向こうから歩いて来るのは、自分の大切なリンだ。だが、その横に……
彼女の隣を自転車を押して、楽しそうに歩いている男は、あれは一体何だ?
静馬は発作的に飛び出した。
何も考えられなかった。両の脚が自然と二人に向かって駆け出していく。
頭がガンガンと割れるように痛み、脈打った。
───────『お義兄さん、実は私、恋人が……』
一也の言葉が彼女の声で再生される。
その瞬間、静馬は理性という理性を全て吹っ飛ばしていた。
一方、鈴子の方は……
楽しく歩きながらお喋りしている所へ、ざかざか足音がして正面に向き直る。
義兄だ。
麗しい美形が黒いコートの裾を翻し、物凄い勢いで自分の方に駆けてくるではないか。
おりゃ?静馬さん、来てたのか。
それくらいにしか思わなかった鈴子は、傍まで近づいた彼の形相に心底慄いた。
「し、静馬さん?」
思わず足が止まる。当然、隣を歩いていた相手も自然と立ち止まった。
どうしたのか、と尋ねられて彼に振り向いた瞬間、いきなり鈴子は力強い腕と胸に背後から抱きすくめられていた。
何が起こったのか、把握すら出来なかった。
静馬は鈴子を懐深く抱き込むと、男に『ギンッ‼︎』と音のする様な強い視線を据える。
「リン、この男性は誰ですか⁉︎」
「はいー⁉︎」
「貴女の一体、何なんですか⁉︎」
義兄の勢いに呑まれて絶賛パニック中の鈴子に、尚も鋭く問い質す静馬は、既に見境いというモノが粉砕されていた。
頭の中は完璧にぶっ飛んでおり、一也のからかう言葉だけが飛び交っている。
相手は静馬のその剣幕にタジタジとなって、思わず青ざめていた。
「す、すいませんでした‼︎」
静馬の勢いに、その若い男性は平謝りして頭を下げる。
「──────すいませんで貴方は済むと、」
「俺もまさか、歩行者とぶつかるとは思わなかったんです‼︎前方不注意でした……」
───────前方不注意?───────
固まった静馬とは裏腹に、漸く事態を飲み込めた鈴子は、ぽりぽりと頭を掻いた。
「何、勘違いしてんですか静馬さん。この人、さっきあたしと自転車で衝突したんですよ。
そいで心配して送ってきてくれただけです」
憮然たる表情で、彼の押す自転車を指差す。
「ぜ、前方不注意?」
狼狽して呟く静馬に重々しく、一つ頷く。
「そう。あたしも悪かったんです。本屋帰りに新刊読みながら歩いてて…」
「───────危ないでしょう⁉︎何処をぶつけたんですか、見せなさい!」
いきなり猛然と美青年が義妹の身体を弄り、入念にチェックし始めた!