あたしとお義兄さん
2.人の話を聞きましょう



「──────ごめんなさい、もう浮気はしませんから許して下さいっ、リン‼︎」




 鈴子の目がテンになった。




「部屋にも入れて貰えないんですね⁉︎
 ああ、──────辛い。信じて下さい、貴女を本当に愛しているんです。
 アレはほんの気の迷いだったんです。どうか分かって下さい!ねぇ、リン!」



 ガチャ、ガチャ、と続く隣室のドアの開く音。
 鈴子はダッシュで鍵を開け、想像に違わず廊下に土下座する一人の美青年を見つけ、負けズと声を張り上げた。

「まあ、お義兄さんったら!やめてって言ったでしょ?そーゆー悪趣味な冗談は。
 ……ほほほ、何でも無いんですのよ?
お騒がせしました──────☆」

 好奇の視線に愛想を振りまき、彼の首をガシッと抱え込むと、鈴子は凄い勢いで中に引きずり込む。

 肩で息をするとパッ、と手を放した。
 小太りな身体で屈んで、彼女は青年に視線を合わせる。
 すると、相も変わらず『彼』は端正な顔ににこにこと嬉しげな微笑みを浮かべていた。

 この青年は自分に対する時はいつもこの表情だ。

 工藤静馬。
 母の再婚相手の連れ子……というには些か大き過ぎる義兄だった。




 何がそんなに嬉しいんだ……



 鈴子は諦めて茶箪笥からティサーバーを出す。

「汚い部屋ですけど、今お茶淹れますから。おこたにでも座ってて?静馬さん」

 黒地にミニーのトレーナー。冬でも家なら黒のショートパンツを履いている童顔の『義妹』は、諦めきった様子で紅茶を淹れる準備をし始めた。
 静馬はといえば、パッと身を起こすと上等な革靴を脱ぎ、いそいそとカップを用意して待つ。

 慣れたその様子に鈴子は再び諦めきった視線を寄越して、するがままにさせている。

 実はこうした状況は既に何度も起こっていて、その度に鈴子の敗北に終わっているのだ。
 おかげで彼女は不本意ながら……幾分ではあったが部屋の掃除を心がけるようになった。
(綺麗好きの人から見れば、一体何処を掃除したのかと叫びだす処である程度だが)


「リンの紅茶には少しハーブを落としてあるでしょう?私、コレ初めて出してもらった時から大のお気に入りなんですよ」

 実に美味しそうに温かな紅茶を啜る青年は、ブルジョアを絵に描いた様な上品さでそう言った。その微笑みに一片の邪気も無い。

 鈴子は盛大に溜息を吐く。

「お嫁さんを貰いなさい。レシピ、教えて差し上げます」

 静馬は少し寂しそうな目をして、鈴子を見つめた。

「お嫁さんなんて…所詮は他人じゃないですか」

 屁理屈にくらくらする頭を押さえて、義妹は自分の分の紅茶も淹れる。


「あたしはね、お義兄さん。数えたくも無いけれど、もう31になっちゃったんです」
「私が33だからお兄さんなんですよね」


 鈴子は無言でテレビのリモコンを手に取ると、ONスイッチを押す。
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