あたしとお義兄さん
21.包囲網
それは郊外に建つ景観の良い、チャペルまで備えた大きなホテルだった。
車を広大な駐車場に入れると、追いかけてきた様々なバイクが次々に一也の愛車を囲む様に展開した。
「あんたは何があっても俺が守る。大丈夫だ、さ、降りな」
念の為彼女を運転席側から続く様に抱き下ろし、背中に庇うと、一也はシートの下に寝かせておいた特殊警棒を構えた。
「出て来いよ、親友…その中にいるんだろーがッ⁉︎」
フルフェイスのヘルメットを外しながら、一人の青年が応える様に前に出て来た。
黒のライダースジャケットがしなやかな肢体を引き立てていた。
「──────速やかにリンを返して下さい、一也」
「くっ!この…ウルトラ薄らバカシスコンが‼︎よくも俺様の青春『ここ一番素晴らしく貴重な上に赤っ恥な一ページ』をペラペラと捲ってくれたなッ⁉︎」
怒髪天を衝くとはこの光景を言うのか、お互いに静かな闘志を燃やして、二人の男が対峙した。
「リン、こちらへいらっしゃい。そんな男性の傍に居るとうっかり妊娠してしまいますよ?」
「人を性欲の塊みてぇに言うんじゃねえよ。俺ぁ、合意じゃねえオンナにゃ手を出さない主義だぜ?」
鈴子を襲った静馬を痛烈に皮肉ると、一也は後ろに手を回し、余りの義兄の執念ガクブルしていた野兎を胸にグイッと引き寄せた。
「リンちゃん、あんなしつけぇ義兄ちゃんより俺の方がずっといいよなァ?」
「何をする気ですかッ、一也!」
静馬が動揺した隙を狙い、一也は敷き詰められていた砂利石を蹴り上げた。
周りが思わず怯んだその隙に前方の囲みを警棒でなぎ払い、突破した。
一也は鈴子を連れてホテル内に紛れ込んだ。
この中なら、顔立ちの上品な静馬以外の人間は入っては来れない。
館内図を素早く頭に叩き込み、茶髪の青年医師は目当ての場所に辿り着いた。
「───────遅いわよ、一也。人を呼びつけておいて遅刻なの?」
そこは広々としたチャペルだった。
大人数の結婚式に使われているのだろう。明るい雰囲気のアイボリーで統一されている。
肩で息をする二人に、高慢な空気を漂わせたスレンダー美女が眦まなじりを釣り上げて睥睨へいげいしていた。
「っ、フッ…静馬をやり込める機会なら、喜んで手を貸すって言ったのはお前だろうが、美夜」
つい、と美夜と呼ばれた美女の視線が鈴子の方に移った。驚いた顔になる。
「まあ、この人なの?…静馬の、いえ工藤君の犠牲者って」
その驚きに侮りの色が無かった為、女性に好感を持てたのに、同時に義兄を呼び捨てにされたという些事が何故か鈴子の心に引っ掛かった。
すると、それが顔に出てのか、女性は自嘲気味に微笑んだ。
「私の事が気になるんでしょ?大丈夫よ、とっくの昔にフラれているんですもの」
手に花嫁が持つ様なブーケと肩くらいの長さのベールを持って、彼女は近づいてきた。
「私は彼らの大学時代の同級生なの。相沢美夜、弁護士よ」
にっこりと微笑んだ彼女は鈴子にフワリとベールを掛ける。
「綺麗よ──────貴女、正解だわ。静馬よりは一也の方がマシだもの」
「は?」
鈴子の脳の全活動が(自分の中では)止まった。
「あの男、ホントとんでもないから。私が昔4年間の想いを一世一代の気持ちで告白したのに何て言われたと思う?」
「したのか、告白」
「してたのよ‼︎」
「で、なんて言われた?」
「『それは一過性の気の迷いですよ、美夜』ですって!有り得ない私の生まれて初めての告白に、よ‼︎」
ポンと、カトレアのあしらった豪華なブーケを持たされて、鈴子は立ち尽くしていた。
情報が頭の中で纏まらない。
突然現れた美女は二人の同期で、静馬に振られてて、鈴子はここでベールにブーケ。
一也は自分をチャペルに連れて来て、二人は──────
「結婚ンッ⁉︎」
「え?」と、美夜。
「リンちゃん」
漸く、正気に戻った義妹の肩を優しく一也が捕らえた。
「何も心配するな。あんたは誰とも結婚したくないんだろう、少なくとも今は」
「そ、そりゃ…そうですけど」
茶髪のイケメンは自らの魅力を十二分に弁えた上で、親友の義妹をこの後に及んで誑し込みに掛かった。
至近距離まで顔を近づけて、甘やかな微笑みを浮かべると、熱を持った指で彼女の額の汗をそっと拭う。
その鮮やかな豹変ぶりは鈴子に『結婚詐欺師』の五文字を連想させた。
「…呆れた。ここに来て口説くって、どういう神経よ」
美夜の声が麻痺した鈴子の右脳あたりですって同意をしていた。
「俺と結婚してくれ」
それは郊外に建つ景観の良い、チャペルまで備えた大きなホテルだった。
車を広大な駐車場に入れると、追いかけてきた様々なバイクが次々に一也の愛車を囲む様に展開した。
「あんたは何があっても俺が守る。大丈夫だ、さ、降りな」
念の為彼女を運転席側から続く様に抱き下ろし、背中に庇うと、一也はシートの下に寝かせておいた特殊警棒を構えた。
「出て来いよ、親友…その中にいるんだろーがッ⁉︎」
フルフェイスのヘルメットを外しながら、一人の青年が応える様に前に出て来た。
黒のライダースジャケットがしなやかな肢体を引き立てていた。
「──────速やかにリンを返して下さい、一也」
「くっ!この…ウルトラ薄らバカシスコンが‼︎よくも俺様の青春『ここ一番素晴らしく貴重な上に赤っ恥な一ページ』をペラペラと捲ってくれたなッ⁉︎」
怒髪天を衝くとはこの光景を言うのか、お互いに静かな闘志を燃やして、二人の男が対峙した。
「リン、こちらへいらっしゃい。そんな男性の傍に居るとうっかり妊娠してしまいますよ?」
「人を性欲の塊みてぇに言うんじゃねえよ。俺ぁ、合意じゃねえオンナにゃ手を出さない主義だぜ?」
鈴子を襲った静馬を痛烈に皮肉ると、一也は後ろに手を回し、余りの義兄の執念ガクブルしていた野兎を胸にグイッと引き寄せた。
「リンちゃん、あんなしつけぇ義兄ちゃんより俺の方がずっといいよなァ?」
「何をする気ですかッ、一也!」
静馬が動揺した隙を狙い、一也は敷き詰められていた砂利石を蹴り上げた。
周りが思わず怯んだその隙に前方の囲みを警棒でなぎ払い、突破した。
一也は鈴子を連れてホテル内に紛れ込んだ。
この中なら、顔立ちの上品な静馬以外の人間は入っては来れない。
館内図を素早く頭に叩き込み、茶髪の青年医師は目当ての場所に辿り着いた。
「───────遅いわよ、一也。人を呼びつけておいて遅刻なの?」
そこは広々としたチャペルだった。
大人数の結婚式に使われているのだろう。明るい雰囲気のアイボリーで統一されている。
肩で息をする二人に、高慢な空気を漂わせたスレンダー美女が眦まなじりを釣り上げて睥睨へいげいしていた。
「っ、フッ…静馬をやり込める機会なら、喜んで手を貸すって言ったのはお前だろうが、美夜」
つい、と美夜と呼ばれた美女の視線が鈴子の方に移った。驚いた顔になる。
「まあ、この人なの?…静馬の、いえ工藤君の犠牲者って」
その驚きに侮りの色が無かった為、女性に好感を持てたのに、同時に義兄を呼び捨てにされたという些事が何故か鈴子の心に引っ掛かった。
すると、それが顔に出てのか、女性は自嘲気味に微笑んだ。
「私の事が気になるんでしょ?大丈夫よ、とっくの昔にフラれているんですもの」
手に花嫁が持つ様なブーケと肩くらいの長さのベールを持って、彼女は近づいてきた。
「私は彼らの大学時代の同級生なの。相沢美夜、弁護士よ」
にっこりと微笑んだ彼女は鈴子にフワリとベールを掛ける。
「綺麗よ──────貴女、正解だわ。静馬よりは一也の方がマシだもの」
「は?」
鈴子の脳の全活動が(自分の中では)止まった。
「あの男、ホントとんでもないから。私が昔4年間の想いを一世一代の気持ちで告白したのに何て言われたと思う?」
「したのか、告白」
「してたのよ‼︎」
「で、なんて言われた?」
「『それは一過性の気の迷いですよ、美夜』ですって!有り得ない私の生まれて初めての告白に、よ‼︎」
ポンと、カトレアのあしらった豪華なブーケを持たされて、鈴子は立ち尽くしていた。
情報が頭の中で纏まらない。
突然現れた美女は二人の同期で、静馬に振られてて、鈴子はここでベールにブーケ。
一也は自分をチャペルに連れて来て、二人は──────
「結婚ンッ⁉︎」
「え?」と、美夜。
「リンちゃん」
漸く、正気に戻った義妹の肩を優しく一也が捕らえた。
「何も心配するな。あんたは誰とも結婚したくないんだろう、少なくとも今は」
「そ、そりゃ…そうですけど」
茶髪のイケメンは自らの魅力を十二分に弁えた上で、親友の義妹をこの後に及んで誑し込みに掛かった。
至近距離まで顔を近づけて、甘やかな微笑みを浮かべると、熱を持った指で彼女の額の汗をそっと拭う。
その鮮やかな豹変ぶりは鈴子に『結婚詐欺師』の五文字を連想させた。
「…呆れた。ここに来て口説くって、どういう神経よ」
美夜の声が麻痺した鈴子の右脳あたりですって同意をしていた。
「俺と結婚してくれ」