あたしとお義兄さん
23.チャペル内はお静かに
美夜の声と同時に、肩で息をしながら美貌の青年が駆け込んでくる。
「───────これは、なんの真似です。…一也」
黒髪を汗で光らせ、歩み寄ってくる彼に、一也は傲然と振り返った。
「なに、俺もそろそろ身を固めてもいい頃だと思ってな」
静馬の冷たい黒曜石の双眸がキラリと光りを放った。
「その女性が私の『生命線』だと知った上で言うのですか?焚き付けたのは貴方でしょうに」
「そののめり込み方が異常だと、自分でも思わねぇのか、静馬よう」
腕の中の小さな彼女の頭の天辺に頬擦りし、一也はシニカルに嘲った。
「その手を放さないと、何をするか分かりませんよ?この、『私』が」
嫉妬に狂った静馬は、闘気を漲らせてその雰囲気を一変させた。
「───────美夜っ!」
叫ぶと鈴子をそちらに突き飛ばし、上体を反らした。
静馬の拳の風圧が前髪を浚う。
それを左手で跳ね上げて、身体を捻り、開いた胸板に蹴りを見舞った。
だが、素早く身を引いた静馬には当たらず、両者は距離を置いて身構える。
タン、と音がして同時に距離を詰めた二人は、更に激しい攻防を繰り広げる。
格闘に慣れた男達の、それはまるで舞踏の様にリズミカルで、見る者の目を奪った。
「いい加減殺しますよ、一也」
「は、言ってろ‼︎」
静馬が躊躇いもなく一也の目を狙った、その時。
ざっぱああああああっんっ‼︎‼︎‼︎
文字通り、大量の水をぶっ掛けて『水を差した』者がいた。
滴り落ちる冷たい水に、組み合ったままの二人は、そろり、と首を巡らせた。
鈴子である。
彼女が何処からかバケツを調達してきて、『今、掛けましたよあたし』とばかりに肩で 息をしていた。
「ベタな止め方で悪いんですけど、あたしこれで帰りますから」
怒り心頭だった。その瞳に浮かぶのは、男達の熱がすーっと一気に醒める程の目の光である。
「リ、リン……」
「お、おい。リンちゃんっ」
追い縋ろうとした二人の足元スレスレに、笑顔のまま彼女が投げ付けたバケツが、派手な音をたてて壊れた。
「修理代はどちらへ?」
「あ、それ……あっちにツケとく。ここウチの親の持ち物だから」
美夜が慌てて二人を放っぽらかして、鈴子に素早く答えた。
「美夜さん、すみませんが…最寄りの駅までタクシーで送って欲しいんですけど」
「まあ、気持ちは分かるけど、お義父さんに迎えに来て貰いなさいな。ね?
それまで良ければ、私と一杯付き合わない?貴女、男前で凄く気に入ったわ〜」
無言で頷き、てきぱきと義父に連絡を付ける鈴子を前に、唖然としていた二人が漸く我に返った。
「なあ、リンちゃん。俺は何もあんたを蔑ろにした訳じゃ……」
「一也さん」
「はい」
ゼロ距離まで詰められ、胸にもろヘッドバットを食らった一也は素直に返事を返した。
「貴方、あたしのフルネームを言ってごらんなさい」
膝をついた一也に極寒地獄もかくや、といった鈴子の言葉が突き刺さった。
「……う………っ……」
息も絶え絶え。青息吐息の一也に、皮肉げな微笑みで義妹は自分の頭からヴェールを外し、そっと彼に被せた。
踵を返したその小さな姿に、今度は静馬が縋り懇願した。
「リン、……リンっ怒ってるんですね⁉︎やり過ぎた事だけは分かってます、謝りますからっ!───────お願いです。私を捨てないで下さい‼︎」
その暑苦しい愛情表現に、鈴子はチッ、と舌打ちすると、冷たく言った。
「静馬さん、貴方はまだ一度たりとも『あたしがどう思うか』を尋ねていない」
胸に縋っていた静馬が、はっ、とした様に顔を上げた。
「貴方は貴方の思いだけをあたしに押し付けるだけで、全てを自分のいい様に決めていく。
…あたしを追い込んで、鳥の様に首を絞めて美味しく料理しますか?」
放心して弛んだ隙に彼から逃れると、義妹は椅子に置いておいたブーケを取り上げ、優しく義兄に投げ付けた。
「でもね、食べたら鳥はいなくなるんですよ?」
朗らかな彼女の笑い声が、けらけらと
チャペル内に響き渡る。
しかし、その目は決して笑ってはいなかった。
「行きましょう、美夜さん。ここは……とても不愉快だわ」
男共を振り捨てて、颯爽と美女と立ち去る鈴子は一度だけ振り返る。
「ああ、とてもお似合いだわ。お二人、そのまま式をお上げになればいい。
但し、出席はご遠慮させて戴きますけどね‼︎」
───────ばたん!────────
力の限り、蹴り込まれたドアがキイキイとバウンドして揺れている。
後には頭にヴェールを付け、手にブーケを持った男達のみが残されたのだった。
美夜の声と同時に、肩で息をしながら美貌の青年が駆け込んでくる。
「───────これは、なんの真似です。…一也」
黒髪を汗で光らせ、歩み寄ってくる彼に、一也は傲然と振り返った。
「なに、俺もそろそろ身を固めてもいい頃だと思ってな」
静馬の冷たい黒曜石の双眸がキラリと光りを放った。
「その女性が私の『生命線』だと知った上で言うのですか?焚き付けたのは貴方でしょうに」
「そののめり込み方が異常だと、自分でも思わねぇのか、静馬よう」
腕の中の小さな彼女の頭の天辺に頬擦りし、一也はシニカルに嘲った。
「その手を放さないと、何をするか分かりませんよ?この、『私』が」
嫉妬に狂った静馬は、闘気を漲らせてその雰囲気を一変させた。
「───────美夜っ!」
叫ぶと鈴子をそちらに突き飛ばし、上体を反らした。
静馬の拳の風圧が前髪を浚う。
それを左手で跳ね上げて、身体を捻り、開いた胸板に蹴りを見舞った。
だが、素早く身を引いた静馬には当たらず、両者は距離を置いて身構える。
タン、と音がして同時に距離を詰めた二人は、更に激しい攻防を繰り広げる。
格闘に慣れた男達の、それはまるで舞踏の様にリズミカルで、見る者の目を奪った。
「いい加減殺しますよ、一也」
「は、言ってろ‼︎」
静馬が躊躇いもなく一也の目を狙った、その時。
ざっぱああああああっんっ‼︎‼︎‼︎
文字通り、大量の水をぶっ掛けて『水を差した』者がいた。
滴り落ちる冷たい水に、組み合ったままの二人は、そろり、と首を巡らせた。
鈴子である。
彼女が何処からかバケツを調達してきて、『今、掛けましたよあたし』とばかりに肩で 息をしていた。
「ベタな止め方で悪いんですけど、あたしこれで帰りますから」
怒り心頭だった。その瞳に浮かぶのは、男達の熱がすーっと一気に醒める程の目の光である。
「リ、リン……」
「お、おい。リンちゃんっ」
追い縋ろうとした二人の足元スレスレに、笑顔のまま彼女が投げ付けたバケツが、派手な音をたてて壊れた。
「修理代はどちらへ?」
「あ、それ……あっちにツケとく。ここウチの親の持ち物だから」
美夜が慌てて二人を放っぽらかして、鈴子に素早く答えた。
「美夜さん、すみませんが…最寄りの駅までタクシーで送って欲しいんですけど」
「まあ、気持ちは分かるけど、お義父さんに迎えに来て貰いなさいな。ね?
それまで良ければ、私と一杯付き合わない?貴女、男前で凄く気に入ったわ〜」
無言で頷き、てきぱきと義父に連絡を付ける鈴子を前に、唖然としていた二人が漸く我に返った。
「なあ、リンちゃん。俺は何もあんたを蔑ろにした訳じゃ……」
「一也さん」
「はい」
ゼロ距離まで詰められ、胸にもろヘッドバットを食らった一也は素直に返事を返した。
「貴方、あたしのフルネームを言ってごらんなさい」
膝をついた一也に極寒地獄もかくや、といった鈴子の言葉が突き刺さった。
「……う………っ……」
息も絶え絶え。青息吐息の一也に、皮肉げな微笑みで義妹は自分の頭からヴェールを外し、そっと彼に被せた。
踵を返したその小さな姿に、今度は静馬が縋り懇願した。
「リン、……リンっ怒ってるんですね⁉︎やり過ぎた事だけは分かってます、謝りますからっ!───────お願いです。私を捨てないで下さい‼︎」
その暑苦しい愛情表現に、鈴子はチッ、と舌打ちすると、冷たく言った。
「静馬さん、貴方はまだ一度たりとも『あたしがどう思うか』を尋ねていない」
胸に縋っていた静馬が、はっ、とした様に顔を上げた。
「貴方は貴方の思いだけをあたしに押し付けるだけで、全てを自分のいい様に決めていく。
…あたしを追い込んで、鳥の様に首を絞めて美味しく料理しますか?」
放心して弛んだ隙に彼から逃れると、義妹は椅子に置いておいたブーケを取り上げ、優しく義兄に投げ付けた。
「でもね、食べたら鳥はいなくなるんですよ?」
朗らかな彼女の笑い声が、けらけらと
チャペル内に響き渡る。
しかし、その目は決して笑ってはいなかった。
「行きましょう、美夜さん。ここは……とても不愉快だわ」
男共を振り捨てて、颯爽と美女と立ち去る鈴子は一度だけ振り返る。
「ああ、とてもお似合いだわ。お二人、そのまま式をお上げになればいい。
但し、出席はご遠慮させて戴きますけどね‼︎」
───────ばたん!────────
力の限り、蹴り込まれたドアがキイキイとバウンドして揺れている。
後には頭にヴェールを付け、手にブーケを持った男達のみが残されたのだった。