あたしとお義兄さん
28.密室に二人



 義兄のしなやかな身体が緊張に硬くなっていた。
 あたしも、あまりの展開に喉を鳴らして唾をのみこんだ。ごくり、と喉が鳴る。

「全て貴方の希望通りにしてきました。義妹は関係無い筈です。御心配なら私を残せばいい。
 このやり方は全く貴方らしくありませんよ?井上社長」
 盾になるかの如く、後手にあたしを隠した静馬さんはおっちゃんに意見した。

「うん、そうだね。私もそう思わないでも無かったんだが。行き詰まって、SNSで出来た友人とも色々話し合ってはみたんだよ。現状やっぱり、これしか無くてね」

 あんな頭してて、趣味チャット!

「……悪かったねェ。甥っ子に仕事にも役立つからって勧められたんだよ」

 こ・こんなに暗いのに以心伝心⁉︎

「とにかく、君だけを残せば義妹さんは心配して通報するだろうし、それでなくても君は一人だと手錠くらいどうにかしそうだ。…だから、こうしようと思う」

 おっちゃん社長はもう一つ、ふわふわした手錠を床を滑らせ、こちらに寄越した。

「工藤君もそれ掛けて。二人で仲良くここに居て貰うよ」

 あたしは血相を変えた。

「静馬さんは井上さんと一緒に居て、見張られておけばいいと思います」
「──────どうして、貴女は誘拐犯の味方をするんですか…リン」

 万歳型で挙手をした(手錠の為)あたしをジト目で一瞥する義兄。

「私も嫌なんだよ。彼は私くらい簡単に出し抜きそうだし、君も誰かと一緒の方が安心出来るだろう?用意した部屋なんて他には無いし」
「お風呂にも入れず男の人と三日間も一緒になんていられません‼︎」

 それを聞いた途端、静馬は自発的に手錠を嵌めた。

 かしゃん、と音を立てたソレを、鈴子は絶望的な気分で呆然と眺めた。

「何すんですか、静馬さんっ!」
「仕方ありません。井上さんは私達二人を巻き添えに自殺するか、三日後に解放するかのどちらかに御心を定めていらっしゃる様ですから。
 ここは一つ、気持ち良く協力しましょう」

 義妹は格好良く決めた義兄をギラリと睨んだ。

「嘘言えーェェええええっ‼︎何ですか、その爽やかな胡散臭い笑顔はァ─────‼︎」

 器用に静馬に抱きとめられながら、懸命に前に出ようとする鈴子。



「いやあああっ。絶対、違う意味で何か企んでるうううッ⁉︎」
「大丈夫ですよ、リン。貴女のバッグの中にはちゃんと、制汗用のパウダーシートも入っているじゃありませんか」
「は⁉︎何で中身を知ってんのよお⁉︎いやー!うわあ、食われる。絶対、何かされるぅ!」


 心の底から鈴子は叫んだ。 
 義兄は既に、鈴子の本当の気持ちを知ってしまった。
 あの静馬がこの状況で何をするか、考えずとも手に取るように分かってしまう。

「ま、まあ、落ち着きなさい三国さん。工藤君が幾ら君が好きでも、隣に私が居るんだ。何も出来やしないだろう。第一、両手を繋がれていては身動き取れまい」


 ギギギギ、とおっちゃん社長井上に振り向く鈴子の顔はホラーだった。



「じゃあ、足枷も下さい」



「そ、そこまでは用意して無いんだよ。し、仕様が無いなぁ……えと、ハイこれ」

 井上は先程まで鈴子を縛っていた縄を再びこちらに滑らせた。
 容赦なく義兄の長い足を頑丈に縛る義妹。

「貴女を救う為に来た義兄に、何という仕打ちですか」
「紳士的だからといっても狼は狼です。用心に越した事はありませんから‼︎」



 じゃあ、大人しくね。とドアが閉まり、ガチャン!と鍵の掛かる音がした。

 二人っきりの奇妙な空間。
 先程までの寂寥感は消え、代わりにピリピリとした肌が焼け付く様な静馬の熱い視線を感じた。


「…………」
「………………」
「……………………」
「…………………………」

 耐え切れず、根を上げたのは鈴子の方だった。

「あのおっちゃん、吹っ飛ばすとか言ってたけど、ハッタリだよね?」

 それに応じて、静馬が低く冷静な声で答えた。
「いえ、それはありません。私がここまで急いで駆け付けた理由の一つですからね」

 背中を向けていた義妹は怪訝そうに振り返る。
「それ、どういう事?」

 壁に寄りかかって義兄はその長い脚を投げ出し、既に寛いでいた。

「ネット上の友人がどうとか言っていたでしょう?あちこち小分けに検索掛けて、不法な火薬やら、爆発物の作り方やら入手した様で。恐らくはこの別荘一軒丸ごと消失できる程の」

 鈴子は青くなった。
 そうして義兄の傍に駆け寄ると、急いで縄を解き始める。

「何をしているんですか、リン」
「『何を』も無いでしょうが?…静馬さんなら逃げられますよね?」

 必死に結び目に向かう義妹から、静馬はスイ、と戒められた両手をどかした。

「私は貴女と一緒でなければ何処にも行きませんよ?」

 鈴子の子鹿の様な黒い瞳が怒りに燃えた。
「そんな事、言ってる場合じゃないでしょう‼︎
 …助けを呼んできて、お願いだから!」
 最後の方は情けなくも震えていた。

 静馬は暗闇の中でゆっくりと首を横に振った。

「何処にも行きません」

 義兄は鈴子に繋がれた鎖を掴むと、己の方に引き寄せた。
 倒れてくる愛しい女を腕に受け止め、優しく抱き締める。嬉しげな声が闇に忍んだ。

「ねぇ、リン。貴女はさっき、私の事を『男の人』と言った」

 ぎくり、と身体を強張らせて、義妹は福々とした身体の向きを変えようとした。

「こうして貴女を抱き締めていても、もうあの時の様な死に物狂いの抵抗がありませんね。
 ──────何故ですか?」


 くそう、この義兄は…分かっているクセに…。


 押さえ込める程度の抵抗を簡単に封じて、静馬は深々と鈴子を懐に納めた。

「…大体ねぇ、あんなに綺麗で“おっとり”から“高飛車”までより取り見取りな婚約者候補さん達の何が不満なのよ、貴方」

 飽かずに鈴子の硬めの髪を撫でていると、恥ずかしさからか、彼女は怒りの矛先を変えてきた。抑え切れず、静馬が低く喉の奥で笑う。

 しかし、それは抱いている為に義妹に伝わってしまって、
「何がおかしいのッ⁉︎」
 と、怒られてしまった。

「いえ、すみません。ほんと、申し訳ない」

 鈴子が必死に身体を起こして逃げようとするのを何とか宥めて。
 再び胸に抱き寄せて、その頭に頬を乗せる。


「貴女、私と最初に会った時を覚えていますか?」


 不意にそう問われて、目を見張った鈴子は思いを過去に巡らせた。

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