あたしとお義兄さん
4.同居とは?




 はああああぁ、と深く溜息を吐くと、鈴子はバリバリ煎餅を噛み砕く。
 青年は教祖の話に熱心に耳を傾ける修行僧もかくや、といった感じで真剣に聞き入っている。
 足も崩さず。

 漆黒の柔らかく素直な髪は秀麗な面を飾り、憂いの貴公子の風情を醸し出す。
 こざっぱりとした趣味の良い、言っちゃくウン十万のイタリア製スーツをさり気なく着こなし、礼儀正しく家具調こたつで正座をしているの 、一ヶ月前ほどに母が再婚した相手の息子さんなのだ。
 身長180センチを超えている筈のすらりとした身体。
 この眼差しがどんなに鈴子を動揺させているか、本人は全く知らないだろう。


「ええ、確かにそう答えましたが、……何か、不都合でも?」

 心底意外そうな、その応じに鈴子は少し冷たくなった紅茶をぐっと呷る。

「不都合でも?──────じゃ、ないでしょ静馬さん。貴方が両親との同居を申し出るのなら分かりますよ?
 でも何で『あたし』なんですかっ‼︎」

 いきり立つ鈴子をよそに、静馬は湯沸かしポットから丁寧にお湯を注ぎ、二杯目の紅茶を蒸らす。

「ああ」(にっこりと微笑む)「両親とは別に一緒に暮らさなくてもいいからですよ」


「───────え?」


 鈴子は右手を右耳に添える。


「ですから、父からは『意識のある内は面倒を見て貰う気はない』『再婚生活をエンジョイさせろ』と厳命が下されているもので……そういう訳で結婚したら、私はあの家を出るつもりなんです」

 今だって、仮住まいが別にありますからね。
 淡々とそう言うと、続けて幸せそうに説明を始める。

「父が生活を共にしたいのは、お義母さんと貴女だけなんですよ。
 それって随分ズルイでしょう?
 それで、お嫁さんのお義母さんは当然の権利として認めるにしても、どうしても譲れない義妹だけは私の取り分として許されると思うんです」

 鈴子の絶句した表情にも気づかない様子で静馬は続ける。



「……取り…分………」

「そうです。ちゃんと家を建てるにしろ、マンションを買うにしろ、まずリンの部屋を確保して───────」

 拳を握って力説する義兄の腕に、ポン、と義妹は自分の手を乗せる。





「待て」





 眉を寄せて首を傾げ、口元を歪めて美貌の青年を見上げる。

「するってぇと、ナニかい?お義兄さんはあたしに、結婚もせずに自分が嫁さんと同居しろ、そう言っているのかな?」





 真面目な顔で10秒の絶妙な間。




「───────── 二世帯住宅って手もありますし」
「そりゃ親と子がするもんで、義兄と義妹がするもんではないわっ!」
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