あたしとお義兄さん
5.妹でなくても




 結果に青筋を立てて、それでも抑えて叫ぶと、静馬はそんな鈴子にもニコニコ顔を崩さない。

「でも、私はそうしたいんですよ。リンとずっと一緒に居たいんです。駄目ですか?」

 無邪気な笑みは鈴子のハートをダイレクトアタックする。

「だだだだ駄目ですか、ってアナタ……」

 思わず吃る、口篭る。

 いや、困る。困るのだ。静馬は誰が見ても、一目瞭然に格好が良い。イケメンだ。
 美形を見れば、ぶっちゃけ鑑賞物観覧者としてバックステップでモブ化する鈴子にしたって、ヨロめいてしまうくらいに最高に姿が良いのだ。


 こんな義兄と一緒に誰と結婚して暮らせと言うのか。


 比べて破局を迎えるのは目に見えている。
 しかも、自分の奥さんにしようと言う人間にああいう態度を取るのなら、鈴子の夫になる者にはどんな対応するというのだろう。

 いやいや、そうでなくても夫の前で、こんなに見境なく愛情注がれては疑心暗鬼にとらわれるのが当たり前というものではないか。

 血みどろ、四角関係、家庭崩壊。



「絶対に、駄目‼︎」



 歯を剥き出し、汗をたらりと流して、鈴子は静馬の前に一本指でビシッ、と決めた。

 すると、義兄はしょぼん、っといった感じで肩を落とし、瞳に悲しそうな光を浮かべる。




──────捨てられた仔犬─────




 はうわっ!と叫び、その風情にビクっと後退る。
 弱い、弱いのだ。この攻撃には。


「ずっと一人で寂しかったんです。母は早くに亡くなって、父は仕事に忙しくて。
 せめて弟か妹がいたらこんなに寂しくはなかったのに、といつもそう思っていました。ああいう事も一緒にしよう、こういう事もしてあげよう。そんな想像で気を紛らわせて……でも、やっぱり、独りで……冷たい家でたった一人で…」

 静馬はカップの中身に寂しげに視線を落とした。
 鈴子は何だかいたたまれなくなる。


「────────兄や姉でもいいじゃん」

 ポツリと漏らした一言を静馬は全く無視を決め込み、その上でたたみ込むように一筋、光るもの頬を伝わせた。

 鈴子はそれに露骨に慌て、狼狽した。

「わわわっ、静馬さん」
「お義兄さんと呼んでくれるくらい、いいじゃないですか」

 静馬は肩に手を掛けた鈴子の不意をついた。
 手をぎゅっ、と握ったのだ。

「すぐ、何かというとリンは私を『静馬さん』と呼ぶ。まだきっと、心の底では認めてないんです。私が義兄だって事を」

 大きな手がぐいっ、と鈴子の身体を引き寄せる。
 勢い余って簡単に広い胸板に飛び込んでしまった。
 ぱふん、と匂うかすかな柑橘系のコロンを思いっきり呼吸してしまう。
 僅かにそれに煙草と静馬の体臭が混じって、男の香りを醸し出した。決して嫌なそれではない。


 それだけに目眩が、する。


「家族なんですよ?」

 ぎゅっ、と抱き締める。両手が背中に周って、すっぽりと鈴子を包み込んでしまった。


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