あたしとお義兄さん
6.拾った所に戻してらっしゃい




「私が甘えたって…貴女が甘えてくれたっていいじゃありませんか」

 頬ずり、される。敏感な耳に静馬の低い心地好い声が直接刺激を与えた。
 ひ、と声にならない快感が身体を突き抜け、更に鈴子は開いた脚の間に義兄の脚が割り込んでいる事実に気が付き、首まで赤くなる。


「──────────っわあああっ‼︎」


 突然叫び出す義妹に驚いて出来た僅かな隙。
 それに乗じて、鈴子は静馬の腕から逃げ出した。近くのクッションで問答無用に殴る。

「何を」
「『何を』、じゃないわッ!」

 荒い呼吸で鈴子は声を張り上げる。

「三十過ぎた兄妹がスキンシップで家族愛を確認するか‼︎」

 このぉ、フェロモン全開にしやがって!
 ──────とは言えない。
 心臓がばくばくと音を立てる。
 いかん、危うくオチる処だった。美形ってコレだから始末に負えない。

 鈴子はなけなしの自制心をフル回転させる。

 とんでもないわ。もともとあたしは美形がキライなのよ。
 …だって、一緒にいると比べられて平凡さが目立っちゃうし、ミョーに自信過剰なヤツが多いしさ。
 第一。ヤよ。自分より遥かに綺麗な男なんて……伴侶にしたら四六時中心配し通しだわ。冗談じゃ、ない。
 それに義兄なんて、対象外。
 好きになんかなれない、ならない。好きなんかじゃない。

 静馬さんだって、あたしが義妹だからこれだけ執着するのだし。
 ただの女だったら、きっと目にも止まらないのに。

 だから、離れて欲しいのに。あたしの知らない処で生きていて欲しいのに。

 幸せになって欲しいのに。



「リン」


 そんな切なそうな顔、しないでよ。グラグラ理性が揺らぐじゃないのよ。

「分かりました」
「え?」

 鈴子はきっぱりと、ぽかんとしている静馬にそう言うと、彼をよそにドンドコ外出の用意を始める。

 綺麗に化粧をして、隣の部屋でブラウスとスリットの入ったタイトスカートに着替えると、スッと静馬の腕を取る。

 その様子をぼう、とただ眺めていた静馬は浮かれた脚で促されるまま外に出た。
 通りまで出ると、深い赤の唇が開く。


「あたし、これから結婚相談所に行ってきます。義妹が結婚しちゃって納まるとこ納まっちゃえば、お義兄さんも自分の事を考えられますよね?」

 にっこりと微笑む。

 静馬が目に見えて動揺した。

「リン!私は──────」
「それともお義兄さん、あたしにこっそり画策すんの、止めます?」

 ぎゅっ、と組んだ腕に力を込め、下から大きな瞳で見上げる。

「二者択一。止めるって約束するなら、とりあえずお嫁に行くのはナシにして、お義兄さん待ちで食事にでも付き合いますけど?」

「止めます」

 即答。

 静馬は美しい顔に薄く朱を走らせて、コクコクと頷く。

「何、食べます?リンは冷酒だったら日本酒OKでしたね。今、魚が美味しい料亭に予約を入れますから、それまで行きたい所ありますか?」


 連れ立って歩く姿は、どう見ても相手の機嫌をとる恋人同士。
 極上の微笑みを浮かべて、静馬はしっかと組んだ腕を抱え込む。

 鈴子はやれやれとこっそり溜息を吐き、それでも心地好いエスコートに身を任せた。



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