桜時雨の降る頃

陽斗が戻ってきたのが見えて、俺は最後に雫に言った。


「お前、陽斗以外の男を選ぶなよ」


「えっ……」


「陽斗じゃなきゃ意味がない」


どういう意味?と疑問の目を向けてきた雫に気付いていたけど、
戻ってきた陽斗がもう目の前に迫っていて
それ以上の言葉は宙に消えた。



雫が他の男を選ぶとは思わない。

というか、他の誰かを選んだとこなんて見たくなかった。

それは自分も含めて。

雫が俺を好きだった時期があるのはきっと事実で

仮に俺たちが想い合った時期が重なっていたとしても

俺たちは多分付き合う道を選んでいないだろう。

誰かを傷つけてまで

自分が幸せになるなんて選択はお互いしないと思うからだ。


素直じゃないところは、よく似ている俺たち。

けど、雫には笑っていて欲しかった。

そのためには陽斗が必要なんだ。



戻ってきた陽斗とバトンタッチして、俺は買い出しに行った。


きっとこの時間に陽斗は想いを伝えるだろう。


ようやく肩の荷が下りるような気持ちと

遂にこの時が来たかという寂寞の思いが重なり合って

みぞおちの辺りがムズムズと痛んだ。



*****



花火大会が終わって帰る時、雫の提案で
久しぶりに手を繋いだ。

雫を真ん中にして3人で。

小さい頃、よくしていたように。


あの頃よりも雫の手は大きくなってるはずなのに、俺よりも小さくて細い。


懐かしさに目を細めるけど、確実に大人になりつつある俺たちにとって、こんなこともコレが最後かもな、なんて思うと

照れ臭くてもその手を振りほどけなかった。









そして当初の予感は的中し

3人で行く花火大会はコレが最後になった。



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