桜時雨の降る頃
壊れ物を扱うかのようにそっとわたしの頬に朔斗は手を添えた。
「1回しか言わねーからよく聞いとけよ」
尊大ながらも、緊張しているのか
朔斗の瞳は熱っぽく揺れている。
わたしは真っ直ぐその瞳を見つめて次の言葉を待った。
「俺はお前より先に死なない。
この先、お前がまた哀しみに囚われることがあったとしても
俺が絶対掬い上げる。
その代わり、お前は隣でずっと笑ってろよ。
お前の笑顔が、陽斗の生きた証だ」
胸を突く言葉に、一気に涙が溢れた。
そうだ。
わたしはそれを見失っていたのかもしれない。
ーーーー“陽斗の生きた証”
「好きだ、雫」
たまらなくなって、わたしは滲む視界で朔斗の顔がぼんやりとしか見えなくなった。
陽斗に昔言われた『好きだよ、雫』がこだまする。
陽斗、ありがとう。
わたしを生かしてくれて
朔斗の隣にいる役割を残してくれて。
さっき受けた気持ちを流し込むような熱いキスではなく
冷えていた心を徐々に溶きほぐしていくような
優しいキスが降りてくる。
ーーーーそれはまるで、月明かりのような。