ヒステリックラバー
1 意識する女、下心のある男



職場の人間関係が良ければ労働環境もさほど気にならないことだろう。私は多少の残業も休日出勤すらも気にならないほど今の会社に満足していた。
けれど営業部のとある男性に対して苦手意識を持っている。その人とだけはろくにコミュニケーションを取れる気がしない。同じ部署だとしてもできる限り会うことを避けたいと思っていた。その人物が私を必要以上に憂鬱な気分にさせるから。

私が就職したイベント企画会社が入るビルのエレベーターホールに行くと、エレベーターの前には数名の社員が待っていた。その1人1人に「おはようございます」と声をかける。
挨拶を返してくれる社員の中で武藤直矢という社員だけは私の顔を見るとすぐに目を逸らし、やっと聞こえるかと言う声量で「おはようございます」と言った。私はこの人のこの態度が毎日不快だった。

営業部の期待のエースである武藤さんはいつも私の顔を直接見ることはなく、目が合ったとしてもすぐに逸らされる。今だって武藤さんは他の社員と笑顔で話していたのに、私が来た途端に無表情になってしまったのだ。整った顔が余計に怖さを演出する。私はいつも嫌な思いをしていた。

エレベーターが3階に到着して降りると営業2課の武藤さんはガラスの扉からフロアに入って左のデスクに座った。反対に営業1課の私は右のデスクに行く。コンビを組んでいる同じく営業1課の山本さんの隣のデスクに荷物を置いた。
山本さんは朝から次の案件の現場に行っている。営業事務である私は山本さんの代理で今日の会議に出なければいけない。

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