ヒステリックラバー
只でさえ大きい駅なのに今は更に人が多く、駅の出口まで人を避けて歩くのも一苦労だ。前を歩く武藤さんと距離が離れてしまう。
待って、行かないで。
そう心の中で武藤さんを呼んだ。離れないように武藤さんと手を繋ぎたいと自然と願ってしまった。
「武藤さん……」
小さく呼ぶと武藤さんは私を振り返った。そうして何も言わず手を伸ばして私の手を握った。
「あ……」
そのまま私の手を引いて人を避けていく。願ったのは私だけれど、願い通りに武藤さんが手を繋いでくれたことに驚いた。突然握られた手は嫌じゃなくて温かい感触が心地良い。触れてほしくない、と思っていた時期が嘘のように。
「別の駅が近くてよかったですね」
「はい……」
手を握るのはもう自然なことになったようだ。
武藤さんの一歩後ろを歩きながら私の視線は武藤さんの手にあった。
正広のことを考えて毎日悩んでいたのに、いつの間にか頭の中は武藤さんのことでいっぱいになっている。これは正広に振られて弱ったところに好きだと言われたから武藤さんが気になってしまったのかもしれない。それなら武藤さんではなくても好きだと言われたらどんな男でも好きになってしまうのだろうか。でもこんなにも大事にされたら好きになってしまうじゃないか。こう思うこと自体がもう武藤さんの思惑にはまっているのかもしれない。