ヒステリックラバー
気まずい別れをしてからもう1ヶ月がたとうとしていた。今でも最後の電話のやり取りを鮮明に思い出せる。けれど自分をどんどん追い込んで逃げることはやめようと思う。
1週間後に有給を取った。忙しい時期に休むことを部長はいい顔しなかったけれど、武藤さんは「ゆっくり休んでください」と嫌な顔一つしなかった。
ついに正広の部屋の鍵を返そうと決めてアパートまで来た。もう武藤さんのことしか考えられなくなった時点でやっと正広が過去の人になったということだ。
正広が絶対に部屋にいない時間を見計らって合鍵を使ってドアを開けた。
中は私が出入りしていた頃とそんなに変わらず、私物はきちんと残っていた。洗面所に残ったままだった歯ブラシをごみ箱に捨てた。わずかな着替えと、ドライヤーや洗面用具を持ってきたトートバッグにつめる。
靴を履き、外に出て部屋の鍵を閉めるとドアの郵便受けにそのまま鍵を入れた。カチャッと金属が落下した音がして、それが正広との関係の完全な終わりを告げた。
LINEで鍵を返したことを報告した。もう別れたくないだのと未練がましいことは言わないシンプルな文章を打つ。
仕事中なのを狙ってきたのだからすぐには既読にならない。別れ話の電話以降ろくに話もしないまま、今日勝手に鍵を返しにきた。
一緒にいた5年の歳月は私と正広では重みが違ったことはショックだ。
でも正広に私の嫌な印象を残したまま別れることは嫌だから、もうお互いを自由にしてあげたかった。
アパートを出たその足で美容院に向かった。肩にかかる髪が鬱陶しい初夏の昼だった。