ヒステリックラバー
「なので駅前に来てください」
「え?」
「迎えに行きますから」
優しい声にほっとして肩で大きく息をした。電話の向こうの武藤さんは迷惑な様子もなく私を受け入れてくれる。
「僕は30分ほどで駅に着くと思います」
「はい。すぐ行きます!」
通話を終えるとクローゼットから慌てて服を出した。こんなことなら朝から服を選んでおけばよかった。メイクも念入りにしたかったのに結局時間がなく出勤するときよりも薄めになった。会いたいと言ったのは私なのに準備する時間がないのが悔やまれた。
駅に行くとちょうど武藤さんの車がロータリーに入ってきたところだった。
「今日はすみません急に……」
車に駆け寄った私に武藤さんは笑顔を見せる。
「構いません。戸田さんがそばにいてほしいときはすぐに駆けつけます」
それが当たり前だと本当に思っているような穏やかな顔と声に私は安心感に包まれるようだ。
武藤さんは助手席のドアを開けてくれた。
「どこか行きたいところはありますか?」
「いいえ、特には……」
武藤さんに会えた。それだけで私は満足してしまったのだ。
「ではこのまま僕の買い物に付き合っていただけますか?」
「はい。何を買うんですか?」
「フライパンです」
「フライパン……」
意外な買い物に思わず復唱してしまう。
「今まで使っていたものを買い換えたくて。さっきは使う頻度の低かった家具や家電を売ってきて、新しいオーブンレンジを買ってきました」