ヒステリックラバー

車内の後部座席の足元を見ると確かに家電量販店で買った大きな箱が置いてある。

「引っ越しを考えていて、少しずつ整理しているところです」

「武藤さん会社からそんなに遠くないところに住んでましたよね? 引っ越しする必要ありますか?」

「心機一転したくて住む家から変えるんです。今度はもう少し広い部屋にするつもりですよ。それよりもやめましょう、そう呼ぶのは」

「え?」

「二人きりのときは僕のことを武藤さんとは呼ばないでください」

「では何と呼んだらいいですか?」

「直矢と呼び捨てで。僕も美優と呼びますから」

急に恥ずかしさが増してきた。武藤さんを呼び捨てにするには抵抗がある。そして美優と呼ばれることが照れくさい。

「じゃあ直矢……さん、と」

「仕方ないですね」

呼び捨てにできない私に武藤さんは笑っていた。

「今日僕は美優の恋人です」

「恋人……」

そんなことを言われて目を見開いた。

「僕にもそれくらいご褒美があってもいいですよね。今日は美優に呼び出されたんですから」

「はい……呼び出してすみません……」

「でも美優に呼んでもらえて恋人にもなれるなんて僕も得しかないですね」

「武藤さんの恋人なんておこがましいです……」

「美優、武藤さんじゃないですよ」

私に意地悪い顔を向けるから、慌てて「直矢さん」と言うと満足そうにハンドルを握った。

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