ヒステリックラバー
「直矢さん?」
私が名を呼んだ瞬間振り向いた直矢さんは突然私の腕をつかんで大通りから脇道に歩いていく。
「ちょっと、直矢さん!」
驚いて腕を引いて抵抗しても直矢さんは放そうとしない。しばらく進んでビルとビルの間の裏通りで止まった直矢さんは私と向かい合った。
「いったいどうしたんで……」
突然の事態を怒る間もなく直矢さんは私を抱き締めた。
「え?」
混乱する私にはお構い無しで直矢さんはぎゅうぎゅうと強く抱き締める。
「直矢さん、痛いです……人が来たらどうするんですか……」
人気がないとはいえ真っ昼間のオフィス街だ。ビルから誰かが出てくるかもしれない。
抗議しても直矢さんの腕の力は弱くならない。強引なのはいつものことだ。私は呆れながらも抵抗するのをやめた。すると直矢さんは私の肩に顔をうずめ「ごめんなさい」と呟いた。
「何がごめんなさいなんですか?」
「美優が溜め息をつくときは悩んだり困ったりしているときだから……」
溜め息といわれてキョトンとした。
「私溜め息なんてついてました?」
「さっきからずっと……」
気がつかなかった。自分の癖は自分ではわからないから。
「それはすみません。無意識で……」
「僕のせいで美優を傷つけた」
「私、傷ついてなんていませんよ」
直矢さんは私の頭を撫でた。強がりがバレているのではと不安になる。傷ついてはいない。けれど怖いのだ。
「謝るのは僕の方だから。つい動揺しちゃって……」