ヒステリックラバー
「今日は何かご用ですか?」
直矢さんは無表情で愛美さんに抑揚のない声をかける。
「あの、七夕祭りの作業腕章をお渡しに来ました……」
愛美さんは白い封筒を直矢さんに渡した。
「たったこれだけのためにわざわざ?」
直矢さんはわざと愛美さんを不快にさせようと言葉を選んできつい言い方をしているようだ。
「あと明後日からの作業の許可証も。スタッフさんにお渡しください……」
「ありがとうございます」
銀翔街通りのロゴマークの入った厚い封筒を受け取った直矢さんは私を振り返った。
「戸田さん、僕を追ってきてどうしたの?」
「ああ、そうでした……」
私は直矢さんに近づきUSBメモリーを渡した。
「たった今連絡があって、この後の打ち合わせにこれを持ってきてほしいそうです」
「わかった。ありがとう」
直矢さんは私の目を見て微笑んだ。その顔は愛美さんを見る目とはあまりにも違って私の方が戸惑ってしまう。愛美さんは私たちを複雑そうな表情で見ている。
「堀井さん、まだ何かご用ですか?」
愛美さんがその場にいることを思い出したように直矢さんは愛美さんに向き直った。その顔は再び無表情になっている。
「直矢、話がしたいの」
「何ですか?」
「あ、じゃあ私はこれで……」
二人に気を遣いその場を離れてビルの中に戻ろうとする私を「美優」と直矢さんが呼び止めた。
「まだここにいて」
直矢さんにそう言われ驚いた。愛美さんの前で私を呼び捨てにするとは思わなかったし、この場に引き留めておくとは直矢さんにしては不誠実な行動だ。驚いたのは愛美さんも同じのようで、直矢さんではなく私の顔を凝視した。