ヒステリックラバー
「では、僕もこれで」
直矢さんはその場を立ち去ろうと一歩踏み出した。
「直矢……」
愛美さんの切ない声にも直矢さんは動じない。
「会社にまで来て仕事以外の話をされるのは不愉快だ」
すれ違い様に愛美さんに言葉を吐き捨てた。潤んだ目を見せる愛美さんを振り返らず、平然と通り過ぎて駅までの道を歩いていった。
呆気にとられビルのガラスの扉に手をかけたまま直矢さんを見送っていた私は、愛美さんがこっちを見ていることに気がついた。その目は私と直矢さんの関係を不審に思い、ほのかに敵意を向けているようだった。
「し、失礼します……」
私は慌ててビルの中に入りエレベーターのボタンを押した。ドアが開くまでの数十秒が長く、ガラスドア越しに愛美さんの視線を痛いほど感じる。開いたドアに逃げるように乗り込むとボタンを連打して壁に寄りかかった。
直矢さんとやり直したいと告げた愛美さんが怖かった。そして、まるで過去に恨みをぶつけたような直矢さんも怖かった。そしてその気持ちが分かりすぎてしまう私は二人を見ているのが辛い。
◇◇◇◇◇
銀翔街通りの飾り付け例を書き記したマップを作業員の人数分コピーすると、先に銀翔街通りで作業を監督する直矢さんの元へと届けた。
「うわー、綺麗ですね」
通りを見渡すと街灯に吊るされたカラフルな飾りが風になびき涼しい印象を与える。
「銀翔街通りが全てこうなれば本当に綺麗でしょうね」
直矢さんも街灯を見上げて微笑んだ。