ヒステリックラバー

愛美さんは私に直矢さんへの思いを聞かせて何をしたいのだろう。

「それだけです」

「え?」

「私の気持ちだけ知っておいてほしくて。戸田さんに」

これは愛美さんなりの宣戦布告だ。私が直矢さんの今の恋人だと知った上でこんな話をしているのだ。頭が真っ白になる。目の前の女性が恐ろしくて動けない。

「一度は結婚を考えたから、もう一度やり直そうって直矢に訴えたいんです。許してくれるまで、何度でも」

口をパクパクさせたまま何も言えない私に愛美さんは挑戦的な目を向けてくる。

「直矢は私と別れたことを今も引きずっています。だから他に目が行ったのも勘違いかもしれない」

「何を……言ってるんですか?」

私と付き合ったのは直矢さんが私を愛美さんの代わりにしているから。そう言いたいのだろうか。だから直矢さんに訴えれば許してくれると思っている?

「戸田さんに何も言わないまま直矢に近づくのはフェアじゃないので言いに来ました。お話は以上です。お時間とっていただいてすみませんでした」

愛美さんは立ち上がると「失礼します」と言ってテーブルに置かれた伝票を持ってカフェを出ていった。残された私は放心状態で座ったまま動けない。

あまりの態度に引いてしまった。一方的に話をされて直矢さんへの想いを聞かされていい気分ではない。私は今愛美さんから直矢さんを奪うと言われたようなものなのだ。

あの人が直矢さんが結婚を考えて振られた女性かと思うと意外でもあった。恋人として接していた二人の生活が想像できない。愛美さんは直矢さんと別れてから変わったのかもしれない。

直矢さんと順調に付き合っていけると思っていたのに、正広のときのように他の女性に奪われてしまうのではないかと怖くて堪らない。こんな不安は予想外だ。

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