ヒステリックラバー
ホワイトボードの自分の名前の下に『直行』と書いた山本さんは「ふーん」と興味なさそうに声を漏らした。
「戸田さ、俺結婚するわ」
「え? 誰とですか?」
突然の告白に間抜けな声が出てしまう。
「誰って、彼女とに決まってんだろ」
山本さんは驚く私に呆れている。だっていつも真面目なんだか不真面目なんだか分からない軽いノリの、女性にだらしない山本さんが結婚するなんて思わなかった。
「相手は?」
「戸田も知ってるだろ。よくコーヒー奢ってやったじゃん」
「ああ、カフェの……」
「もう付き合って3年近くたつからな」
山本さんは会社の最寄りのカフェでバイトしていた大学生を熱心に口説いて付き合っていた。学生に付き合いたいとアプローチしたことを呆れていたけれど、3年も付き合っていたなんて山本さんにしては珍しいのに結婚なんて意外だ。
「そろそろ落ち着こうと思って」
「山本さんが浮気しないで3年?」
「俺も信じられないことに彼女一筋3年だよ。マジな相手には俺もちゃんとするのよ」
「山本さんを一途にさせた彼女さん、まだ若いですよね?」
「23かな。でももうあっちは就職してだいぶたったし、そろそろいいかなって。あ、子供ができたわけじゃないから」
山本さんが彼女とのことを真面目に考えていたなんて本当に意外だ。短大生だった彼女を口説いていたときは本気だとは思えなかったのに。
「はぁ……山本さんも先に結婚しちゃうのか……」
若いうちの結婚を今までの私なら羨ましがっていた。今では結婚を焦ってはいない。けれど直矢さんとのそんな未来はなくなってしまうかもしれないことが不安だ。