ヒステリックラバー

本音かどうかはわからないけれど部長にここまで言われては断りにくくなってしまった。武藤さんが嫌だ、なんて理由ではもう人事を動かせない。

「わかりました……ありがたくお受けします」

声にまで不満がこもっていたけれど、部長は私の気持ちを無視して「ありがとう」と笑顔になった。

「なるべく早く田中さんを交えて引継ぎをと言いたいんだけど、来週は社員旅行もあるから終わったら引き継ぎと打ち合わせをお願いね。申し訳ないけど田中さんの退職は3月いっぱいだから社員旅行のあとに急ぎでね」

少しも申し訳ないとは思っていなそうな明るい声で部長は私を会議室に残して出て行った。

残された会議室で私は深い溜め息をついた。田中さんが3月で退職ということは武藤さんの営業事務の人選に新入社員が当てられる可能性が高いと思ったのに。
しかも武藤さんが次長になるということは増々大きな仕事を担当することになるだろう。私の責任も重くなる。

武藤さんと共に仕事をする。この現実が重かった。コミュニケーションがまともに行えないのに一体何をどうしろというのだろう。
ああ、そういえば武藤さんの担当エリアって家に近いんだったっけ。
営業は都内の担当エリアが決まっているが、山本さんの担当は私の家から遠かったので現場に一緒に行くことがあると帰りが遅くなることも多々あった。それを考えれば私の家から近いエリアの武藤さんと組むのも悪くない。そう思い直してその1点だけをプラスに考えることにした。

会議室から出るとエレベーターから出てきた武藤さんと鉢合わせてしまった。

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