ヒステリックラバー

「あ……お疲れ様です……」

「お疲れ様です」

武藤さんは私を見て微笑む。それが堪らなく居心地が悪い。武藤さんと仕事をするなんて無理に思える。まだ間に合うのなら部長に断ろうかと思えてきた。

「部長から異動の話は聞きましたか?」

「はい……」

「戸田さんと組めるのは光栄です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします……」

この笑顔が怖いから嫌ですなんて言えない。武藤さんも私の異動の話を知っているのなら今断ったらこの人に不快感を与えてしまう。

「戸田さん」

「はい……」

「今夜はいかがですか?」

「え?」

「お食事です。どうでしょう?」

「あー……」

とっくに流れたものだと思っていた。武藤さんは食事の話をチャラにしてはいないのだ。

「えっと……すみません、今日は……」

そう言って早足で武藤さんから逃げるようにオフィスに戻った。
二人きりじゃなければ食事に行ってもいいけれど、武藤さんはどういうつもりなのだろう。私には正広がいるし、武藤さんにはっきり言った方がいいのだろうか。
なんで武藤さんが私を誘うのか。モテるから食事に行ってくれる人はいっぱいいそうなのに。










定時を過ぎて社員の少なくなったオフィスで私はメールを開いた。

『営業部営業2課、田中真理さんが2月16日に御結婚されました。3月31日付けで退職されます』

定時になる直前に総務から社員に一斉送信されたこのメールを読んだ社員はそれほど多くはないかもしれない。それでも私はもう何度も目を通した。

「はぁ……」

近くのデスクの社員は退社してしまったから溜め息を誰にも聞かれないのはいいことだけれど、この嫉妬心を他の独身社員と共有できないのは寂しいと感じる。

会社に就職してもう4年。再来月には5年目に突入してしまう。恋人である正広とも付き合って長い。

私だってそろそろ結婚してもおかしくないはずなのに……。

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