ヒステリックラバー
1年後輩の田中さんが自分よりも先に結婚してしまった。長年付き合っている彼氏がいるとは聞いていた。でもまさか私よりも先に入籍するとは思わなかった。しかも寿退社なんて憧れる。
「羨ましいな……」
こんなひとり言も誰にも聞かれない。
無性に正広に会いたくなって今夜家に行ってもいいかLINEをすると数十分たっても既読になることはなかった。それが余計に私を惨めな気持ちにさせるのだ。
正広に蔑ろにされているのではないか。そう思いたくはないのに今の私は正広との関係に怯えている。いつだって二人の関係を進める準備はできている。けれど正広はそう思っていないかもしれない。それが怖くて仕方がなかった。
外線がフロアに鳴り響いた。例によって定時を過ぎてからの外線に出ない他の社員に呆れながら私が受話器を取ると「お疲れ様です武藤です」と聞いた瞬間に受話器を置きたくなってしまった。
「お疲れ様です……戸田です」
「………」
武藤さんも一瞬言葉を失ったのだろう。電話の向こうの車のエンジン音がはっきり聞こえた。
「ホワイトボードの僕の欄に明日は直行と書いておいていただけますか? 旅館には現場から直接向かいますので」
「はい。かしこまりました」
明日から社員旅行がある。武藤さんと休日も近い距離に居なけばいけないのが不満だった。
「………」
電話の向こうで黙ってしまった武藤さんに「他にはありますか?」と聞いて「ないです」と武藤さんが答えると、私は「では失礼します。お疲れ様です」と早口で言って電話を切った。さすがに失礼だろうとは思ったけれど、また食事に誘われるのかと怖かった。
このままでは良くない。そう思うけれどこの失礼な態度は武藤さんから始めたことなのだ。