ヒステリックラバー
様子を心配しているように顔を覗き込んだ。本当は精一杯の誘い方だった。正広の手で触れて欲しくてなりふり構っていられない。
覗き込む私の顔を正広は見返した。今度は視線を逸らすことなく見つめ合う。動かないでじっとしている正広を待ちきれなくて体を動かして私から近づいた。
「美優……」
私の名を呼ぶ愛しい恋人の唇に、優しく自分の唇を合わせる。数秒間のキスのあと少し離れて見つめた正広の瞳は迷うような感情が窺えた。もう一度触れた唇は深いキスに移行する気配が一切なく、私の唇で正広の上唇を啄ばんでみても微動だにしなかった。
「正広?」
思わず口から不安な声が漏れた。
「…………」
私の声に正広は視線を逸らして下を向いた。
「ごめん……今日は帰る」
「え!?」
正広はゆっくりと私から体を離して立ち上がった。
「何で? どうしたの?」
思わぬ行動に慌ててしまう。
「泊まっていくんじゃないの?」
「ごめん……」
正広は下を向いたままただ謝るだけだ。私は急に不安になる。
どうしたというのだ。露骨に誘いすぎただろうか。でも恋人が家に泊まりに来るなんてそういう展開だって思うのは自然なのに。
カバンを持って玄関で靴を履く正広の後ろに立ってもかける言葉が出ない。今何を思っているのかわからない恋人の後ろ姿を見て、考えないようにしていた二人の現実を重く受け止める。