ヒステリックラバー
◇◇◇◇◇



定時を過ぎて社員が続々と退社していくのを尻目に私はパソコンと向き合っている。
営業部の社員の中でも武藤さんは今勢いに乗っている。だからこその異例の出世なのだ。その武藤さんのサポートというのは私にとっては大任だ。細かい作業もミスなくこなすためには資料全てに目を通しておきたかった。

午前中に営業部のフロア内で席替えをした。今まで山本さんの右隣だった私のデスクは武藤さんの右隣になった。
田中さんは一足先に退社してしまい、私は武藤さんと気まずい空気のまま隣に座り黙々と仕事をしている。他の社員も外出先から直帰だったり早々と定時退社だ。気がつけばフロアには私と武藤さんの二人だけになってしまった。

「………さん」

「…………」

「戸田さん」

「ああ、はい」

武藤さんに呼ばれて我に返った。

「大丈夫ですか?」

「はい……書類を読むのに集中してて……」

そうは言ったけれど目の前の書類に集中していたわけではない。正広のことで頭がいっぱいだったのだ。

「僕は今から出ます。直帰するので戸田さんもきりのいいところで上がってくださいね」

「今から外出ですか?」

時計を見るといつの間にか20時になろうとしている。

「はい。秋のイベントの担当者さんが夜間作業で今現場にいるみたいで。ちょうどいいので挨拶と状況を見てきます。夜の様子はあまり見れませんから」

そう言うと武藤さんは足元に置いたカバンを取って資料やスマートフォンを入れ始めた。
今から現場に行くなんて武藤さんも先方も大変だなと営業職に同情した。

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