ヒステリックラバー
「じゃあこの会議資料を作ったら私はお先に失礼します」
本当はずっと仕事に没頭したい。油断すると正広のことばかり考えてしまうから。私の何がいけなかったのか、傷つけたかもしれない態度、長く付き合った正広に甘えてはいなかったか。
「明日は10時から打ち合わせがあって、そのまま設置作業に入ります」
「はい……」
「戸田さんには見積書の作成をお願いします」
「はい……」
「何か質問がありますか?」
「はい……」
「何か悩みでもありますか?」
「はい……え?」
やっと武藤さんの声が頭に馴染んだ。隣の武藤さんを見ると私を心配そうに見つめている。
「本当に大丈夫ですか?」
重ねての質問に私は「すみません」と謝罪の言葉しか出てこない。
「朝出社してきたときからずっと上の空です。何か心配なことがありますか?」
「いえ……大丈夫です」
正直仕事に身が入っていない。書類の文字には変換ミスが目立ち、考え事に夢中になって時間を無駄にしている。
「最近忙しかったですからね。すみません、負担をかけて」
「いいえ……そういうわけでは……」
武藤さんは申し訳なさそうな顔をして私を気遣ってくれる。
正広と連絡が取れない。そのことが気になって仕方がない。仕事にまで影響してしまうくらいに。
「ちょっとプライベートなことで……」
そう言ってからはっと口に手を当てた。正広のことを武藤さんに言うのは気が咎められる。実際武藤さんの顔がほんの少し曇ったのだ。