ヒステリックラバー
この言葉に私を抱き締める力が弱まった。力で敵わないなら言葉で抵抗するしかない。武藤さんはようやく自分のしていることを焦り始めたようだ。
「そういうつもりじゃなくて……」
言い訳する武藤さんの肩を思いっきり押した。武藤さんは私から離れてよろめいた。
「私が何に悩んでようと武藤さんには関係ない!」
感情が高ぶって涙が出てきた。
「私に触れるのはいい加減にしてください!」
尚も大声を出す私を見つめる武藤さんは見慣れてしまった戸惑う表情を向ける。
「すみません。不快にさせてしまったなら謝ります。でも……」
武藤さんはイスに座る私に視線を合わせるように床に膝をついた。
「戸田さんが辛いと僕も辛いのは本当です。僕は戸田さんに笑っていてほしい。そうじゃないことが苛立たしいんです。社員旅行の日、僕が悪酔いしたのは戸田さんが辛い恋愛をしている現実が嫌になったからです」
「っ!」
こんなことを言われて、堪えきれなくなって足元に置いたカバンを引っ付かんで立ち上がった。武藤さんに「セクハラだ」と怒鳴ろうとしたけれど言葉が出てこなかった。そのまま膝をつく武藤さんの横を抜けて勢いよくフロアから飛び出した。
エレベーターのボタンを連打して開いたドアの隙間に体をねじ込むようにして中に入り、再びボタンを連打した。焦る私の気持ちには応えることなくドアはゆっくり閉まる。それでも武藤さんは追ってこなかった。