ヒステリックラバー

「っ!」

言葉を失った。ドアの向こうに立っていたのは武藤さんだったのだ。

「あの……お、お疲れ様です」

武藤さんはばつが悪いという顔をして私と目を合わせずに声をかけてきた。

「………」

私は返事ができなかった。武藤さんの顔でこちらの今の状況を理解しているように感じたから。

「いつからいたんですか?」

「今帰ってきたところですよ……」

嘘だ。目が泳いでいる。武藤さんはきっともっと前からここにいたのだ。私が電話をしていたことも知っていて、私が泣いていたことも、正広との電話の内容もきっと悟ったかもしれない。

「まだ残られるなら、帰るときに警備室に寄ってください」

それだけ言って武藤さんの横を抜けようとしたとき腕を捕まれた。

「待ってください」

私の腕を強く掴んで放す様子のない武藤さんの目は怒りを含んでいるようにも感じて、私は思わず固まってしまった。

「あの……放してください」

武藤さんはいつもこうだ。私に突然触れてくる。

「何があったんですか?」

「………」

「どうして泣いているんですか?」

答えたくない。私の傷をえぐってほしくない。武藤さんは何があったのかを察している。それなのに強引に引き留めて私の口から状況を聞こうとする態度に腹が立ってきた。

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