ヒステリックラバー
「次は戸田さんの方からキスを求めてほしいですね」
背筋がゾクゾクした。その声音はまるで私からキスを求めろと命令されているように感じた。綺麗な顔で、スタイルもよくて、仕事もできる完璧な男。その武藤さんに口説かれているだけでも夢のようなのに、このままこの人のそばにいたら本当にキスを求めてしまいそうだ。
失恋の余韻に浸る間もなく私を惑わせないでほしい。武藤さんは戸惑う私に微笑むと「僕の言ったことをじっくり考えてください」と囁き、私の体を解放した。
「いつも逃げられてしまうから、今日は僕が戸田さんをおいていきます」
武藤さんは動揺して固まる私をその場において「帰るとき警備室に寄ってくださいね」と笑いながら言って非常階段の扉を開けて出ていった。
私はその場に崩れ落ちた。
正広に別れたいと言われてすぐに武藤さんに好きだと改めて言われた。気持ちの整理がつかないのに武藤さんと付き合うだなんて考えられない。
私を嫌いなのではなかったのか。少し前まで挨拶もしてくれなかったではないか。これまで目を合わせようとしなかったのに、吸い込まれそうなほど力強い目を向けるようになった。
私の何が彼をこんなにも変えたのだろうか。