ヒステリックラバー
「これは業務命令です」
武藤さんは笑顔で言い放つ。こんなときだけ上司面するなんて反則だ。
「あの……」
「イベント当日は戸田さんも会場に行くんですから現地を見ておかないと。それとも、古明橋公園に行ったことがありますか?」
「ないです……」
「なら行きましょう」
武藤さんは私の返事を待っている。その顔は笑顔だけれど目が笑っていない。私が断ることを許さないと言っているようだ。
「わかりました……」
私が渋々承諾したことに満足したのか武藤さんはニコニコと手帳に何かを書き込んだ。
「では明日11時に古明橋駅で待ち合わせでいいですか?」
「はい……」
そう決めたあとの武藤さんは積極的に話しかけてくることはなくなったけれど機嫌が良いことは言われなくてもわかった。他の部署の人にまで無駄に笑顔を向けたり、外線も私よりも積極的にとっている。女性社員に笑いかけて相手を高陽させるのを見るとなぜだか胸がざわつく。
今まで苦手だと思っていた自分が信じられないほど武藤さんに意識を持っていかれている。私の言動に一喜一憂している武藤さんに私も振り回されていた。
武藤さんと外出の約束の前に少し仕事を片付けようと会社に向かった。
「おはようございます」
フロアの扉を開けると土曜出勤当番の社員の他にパソコンに向かう武藤さんの姿があった。