ヒステリックラバー
「ありがとうございます。自分ではまだまだだと思っていますが、戸田さんに言われると嬉しいです」
私に褒められ嬉しそうに笑う今日の武藤さんは私服だ。普段スーツを着ている姿しか見ていないからかいつもと印象が違う。まるでモデルのようだ。
「武藤さんが自分をまだまだなんて言ったら山本さんが怒りますよ」
山本さんは日頃から武藤さんをライバル視している。仕事でリードされてしまったのに武藤さんの自己評価が低いと山本さんは更にショックを受けそうだ。
「あー、山本くんには今の会話は内緒でお願いします」
「ふふっ」と今度は私が笑う。武藤さんにうまく接している。これなら今日の仕事もやりやすいだろう。
「戸田さん、どうぞ」
そう言って助手席を指しながら車に乗った武藤さんは中からもう一度助手席に座るよう促す。
「じゃあ……失礼します」
私は遠慮がちに助手席に乗った。正広は車を持っていなかったし、今まで男性の車に乗ったことは少ないので緊張する。
これではデートしているみたい。
そう思ってしまった自分に焦った。いくら武藤さんに好意を持たれているからといってデートだと思うなんて厚かましい。
正広のことを思うと息苦しい。まだ傷が癒えていない。
電話で話して以来連絡が来ないし私からも連絡を取ろうとは思わない。けれどまだ正広の家の鍵を返しにいけないほどには引きずっている。