ヒステリックラバー
「戸田さんは犬が好きなんですね……」
「大好きです。実家でもポメラニアンを飼っていたんですよ」
私たちに近寄ってきたコーギーにしゃがんでフェンス越しに手を振る私とは反対に、武藤さんはコーギーから離れた。
「フェンスがあるんだから大丈夫ですよ。そんなに離れなくても」
「近づくのも無理なんです」
「こんなに小さくて可愛いのに」
武藤さんは本当に犬が嫌いなのだろう。一向に近づこうとしない。目の前からコーギーが離れていくと私は立ち上がった。
「僕も子供の頃は平気だったんです。近所で柴犬を飼っているお宅があって、庭で飼っていたので前を通るとよく撫でたりしていました」
まるで嫌なことを思い出しているかのように眉間にシワが寄る。
「もっと仲良くなろうとロープのおもちゃを近づけたら手を噛まれて……それ以来犬が苦手になりました」
「そうなんですか……」
それは仕方がない。きっとその柴犬も悪気があって噛んだわけじゃないはずだ。
「私はいつかまた犬を飼いたいんですよ」
「そうですか……じゃあ僕は犬嫌いを克服しないと」
その言葉に私は武藤さんを見た。
「あの……どういう意味ですか?」
「まだ見ますか? それとも移動しますか?」
私の質問を無視する武藤さんに「移動します……」と小さく答えた。