魔法使いの巫女少女Ⅰ
例え世界をなくしても
学園が襲われてから1か月たったころ、未来は一人訓練場にいた。
「ここなら、思いっきりやっても大丈夫だよね。」
そういうと、集中するために深呼吸をした。
そして、ナイフを使い、親指を切って血を少し流した。
『我、汝の化身を召喚するもの。汝、我に付き従うもの。時を超え、時空を超えて我の前にその姿を―!』
召喚術の中でも特に古いとされている呪文を未来は唱えた。
現代の召喚術では、贄を必要としない簡易的に契約をするようなものに対し、古代の召喚術は自身の血印を使い、上位の使い魔が相性を見て召喚に応じ、契約をする。
ただし、現代の場合、契約を切るのに制約はないが、古代の場合、召喚主、あるいは使い魔の死亡もしくは制約違反した場合の召喚主による契約破棄しか認められない。
噓、偽りの類を互いにすることができないが、信頼を築き絆を結ぶことに対して言えば、これ程心強い方法はない。だが、同時に多くの使い魔がいる場合、自身の命を削ることにもなる。
『………やれやれ。とても珍しい血の持ち主だと思えば、こんな小娘だとは……。』
静かな部屋に響いた声は若い男性の声だった。
未来は正直声なんてどうでもよく、小娘という言葉に苛立ちを覚えた。
「小娘で悪かったわね。でも、嫌なら応じなくてもよかったのよ?」
わざと煽るような口調で未来は虚空に向かっていった。
本当なら応じた場合、その姿を見ることができるはずである。
それなのに、いまだに見えないということは、相手は応じていないということだ。
『ただの小娘かと思えば随分威勢のいい小娘ですね。いいでしょう。』
そう聞こえたかと思うと、突然突風が吹いた。
未来は、目を閉じて突風が落ち着くまで待った。
そして、落ち着いたときに目を開いて驚いた。
「えっと…、誰?」
『お呼びしたのに、誰とはひどい主ですね。』
そう言って軽くお辞儀をする30代ほどの男性。高身長でイケメン、普通ならときめくレベルだと思う。
でも……
「主って言いながら小娘って思ってるでしょう。」
私からしたら、そういうのはどうでもいい。
男は驚いたような顔をして未来を見ていた。すると、突然笑っていった。
『ククッ……いや、ただの小娘なら主と呼んだだけで喜びそうなのに、あなたは冷静すぎますね。そして何より、状況の理解が早い。素晴らしいことですよ。』
「それは誉め言葉として受け取っておくわ。それで、あなたは何を欲したの?」
未来は男を軽くにらんでいった。
正直、命をこんな奴にかけたくない。片目程度の契約が精々だ。
しかし、なおも楽しそうに笑う男が求めたものは理解できなかった。
『そうですね……心臓といってもよいのですが、それでは面白くない。できれば、あなたがこれから起こすことと、その先にあるもの。それらを見せてくれれば、私は満足ですよ。契約はそうですね……。あなたの思い描く未来ということで。』
「未来…?」
『そう、未来です。私は昔と同じようにあなたが作る世界が見たいだけですよ。とても傲慢で自分勝手な、それなのに人々の紡ぐ物語に語り継がれる世界。』
「昔と同じように…?私とあなたは初対面のはずよ。」
男は少し驚いたような顔をした。まるで、忘れたのかというような表情をして。だが、すぐにそんな表情を隠すように微笑んだ。悪魔のようなほほえみで。
『私としたことが、間違えてしまったようですね。なに、あなたに仕える前、よく似た人と契約をしていたものでつい。気分を害してしまったのなら、申し訳ない。』
そういうと、深く頭を下げた。
未来は、少し気にはなったものの、深くは聞かなかった。
(今の私には関係のないことだもの。それに深く知る必要もない。)
「別に気にしていないわ。それで、あなたの名前は?」
『私に名はありません。どうぞ、お好きにお呼びください。』
「前に仕えていた時の名は?」
『イブリースと呼ばれてましたよ。』
「イブリース?」
そう呼んでいた人は、この男を見たまんまに名付けたのだろう。
一瞬、ルシファーと名付けそうになったが、やめておいて正解だ。
だからと言って、いい名前なんてそう出てくるものでもない。
ふと、何気なしに窓のほうを見た。もう、月明かりが差し込んでいて、あれからかなり時間がたっていたことに気づく。
(月か……。きれいだな。黒…漆黒…闇…影…。)
「……スキア。」
『スキア?』
「そう、あなたの名前は、スキア。影っていう意味。」
『なるほど、あなたの影ということですか。ククッ…いいでしょう、気に入りました。これからはスキアと名乗ることにします。(マスター)よ。』
「それやめて。その呼び方好きじゃないの。姫にして。」
『やれやれ、わがままな方だ。了解しました、姫。』
そうして、未来は契約を結んだ。自分の作る未来を代償にスキアを召喚することにした。そして、スキアには行動制限はなく、呼んだ時に来てくれればいいとだけ伝えた。
「あともう一つ。これはやらなくてもいいけれど、やってもらえると助かるわ。」
『おやまぁ。何とも言えないことですね。して、どのようなことでしょう。』
「敵の状況が知りたい。調べて。」
『御意。』
そういうと、スキアが消えた。
それを確認して未来も訓練場を後にした。
< 55 / 86 >

この作品をシェア

pagetop