歪んだ庭
夜の街はとても静かで、石で作られた道の隙間にある草むらから小さな虫の声が聞こえてくるぐらいかしら。あれだけたくさんの人がいたのに不思議ね。まるでみんなが消えちゃったみたい。
私は女王様に会うために、街の中心にある銀色三角形の建物へ歩いてる。途中で嘔吐している知らないおじさんがいたから避けて右に曲がり、黒猫が二匹重なって遊んでたから邪魔しないように左へ曲がり、光る魚が泳ぐ川沿いを歩き、赤く光る部屋がある家の前で大きな紫色のキノコを見つけて背比べをして、だんだん少しずつ銀色の三角形が大きくなってきたの。もうすぐね。
「ようこそ。夜の街へ。」
真っ黒のマントに身を包んだこの人は、暗くてよくわからないけど、フクロウ男さん?
「夜の街は暗い。人は暗い場所に行くと盲目になるから、夜の街は誰もいない。君はどうして暗闇の中を歩いているんだい?」
「泊まっていた家でいろいろあってね、これから女王様に会いに行くの。あなたは何をしているの?」
「‥‥。」
そこにはもう誰もいなかったわ。
光よ光 草原の歌を口ずさめ
闇よ闇 闇夜のカラスは隙間にあらず
白と黒 互いにひかれあう
黒と白 互いに依存し愛し合う
森の詩はまだ聞こえるの。油断したら聞こえてくるの。耳を塞いでも聞こえてくる。これは私の声なの?それとも誰かが私に歌わせているの?ねえ。
その時、目の前に不思議なものが浮かび上がったの。それはたくさんの色と形が複雑に絡み合ったヘンテコな模様とでもいうべきかしら。めちゃくちゃに見えるけど、何故か安定感のある不思議な模様で、何か規則性があるようにも感じるわ。でもその規則性を探そうとすると見えなくなるぐらい薄くなってしまうの。どうして?
「それは君がその法則を知らないからさ。今の君は知らないものが見えている状態なんだよ。でももちろん知らないものだから知ろうとすれば消えてしまう。よくある現象さ。」
「あなたはだあれ?どこにいるの?」
「僕は白と黒の間で歌う吟遊詩人さ。君には知る必要もないし、知ったところで何にもならないよ。例えば無数の意味ある数字を見せられても、それが何を意味するのかわからないだろ?僕はそういう存在だし、君が見た変な模様だって同じだよ。わかるかい?」
「私は知らないことは知らなくて当然っていうことを知ったわけね。」
「そうそう。知らないことは知るまでずっと知らないままなんだよ。でもいつか知る時がくるかもしれないし、こないかもしれない。」
「もしかして、あなたは森の詩なの?」
「僕は白と黒の間で歌う吟遊詩人。森の詩は僕にとって子守唄のような存在だ。君がいう絵本の記憶に限りなく似ているね。もはや同じなのかもしれない。」
「ねえ、私はどうすればおうちに帰れるの?それとも、もう帰れないの?」
「それも子守唄みたいなもんさ。いつだって心の中にある。優しい誰かの歌声。あたたかい記憶。産まれた頃の記憶かな。なんだろうね。」
私はわけがわからないけど、とにかく手掛かりが欲しくて吟遊詩人に質問を続けるの。
「ねえ、あなたのおうちはどこなの?」
「僕のおうち?どこだろうね?そうだなあ、例えばこんな話なんてどうかな?」
ある日、少女が暗闇に包まれた不安から自分の意識をどこかへ飛ばしてしまう。その場所にはたくさんの果物や金貨、そして大勢の優しい人々がいました。少女は大喜びで木になった果物を食べて、人々と楽しい宴を行い、たくさんの金貨で好きな洋服や人形をたくさん買って、毎日幸せに暮らしました。その一方で暗闇に残された少女の抜け殻は、暗闇の中で朽ち果て死んでしまいました。しかし少女は遠い場所で今もずっと、この瞬間もずっと、幸せに暮らしているそうです。その少女がふと暗闇に包まれる以前の記憶を懐かしく思い、自分の過去を探し出しましたが、その欠けた暗闇の記憶が戻らない限りそれより先の記憶には辿り着けません。少女は悲しみ、人が誰しもが持つ産まれた頃の記憶がないことをずっと心の中で引きずりながら永遠に幸せな世界で暮らしましたとさ。
「それじゃあ私は死んだってことかしら?あの時、白と白に挟まれた時に。」
「僕は君のことを知らない。だから何とも言えないよ。僕だって君の世界の住人かもしれないし、逆の可能性だってある。」
「この世界が私の作り出した幻なんて絶対にありえないわ。だって私の知らないものがたくさんあるんだもの。知らないものは作れないわ。」
「君が今、僕の声を聞いているように、人と人は繋がっているんだよ。」
細胞は夢を見る 細胞は引き継がれる
僕らは世界が誕生した瞬間の名残り
大きな力が動いて地面は揺れた
僕らはその揺れを生きている
「世界の声を聞いてごらん。たくさんの君がいる。そしてたくさんの僕がいる。他にも大勢の人々。みんな同じ揺れの上で、最初の揺れからずっと繋がっている。一つの命。」
「ごめんさい。もう意味がわからないわ。」
「わかる人なんてもういないよ。もういない。今はいない。昔はいたけど今はいない。」
ちょうどその頃、遠くの方から陽が出てきたの。朝がきたんだわ。吟遊詩人さんの声も消えてしまった。
私は夢うつつなまま、銀色の三角形へ歩きはじめたの。
私は女王様に会うために、街の中心にある銀色三角形の建物へ歩いてる。途中で嘔吐している知らないおじさんがいたから避けて右に曲がり、黒猫が二匹重なって遊んでたから邪魔しないように左へ曲がり、光る魚が泳ぐ川沿いを歩き、赤く光る部屋がある家の前で大きな紫色のキノコを見つけて背比べをして、だんだん少しずつ銀色の三角形が大きくなってきたの。もうすぐね。
「ようこそ。夜の街へ。」
真っ黒のマントに身を包んだこの人は、暗くてよくわからないけど、フクロウ男さん?
「夜の街は暗い。人は暗い場所に行くと盲目になるから、夜の街は誰もいない。君はどうして暗闇の中を歩いているんだい?」
「泊まっていた家でいろいろあってね、これから女王様に会いに行くの。あなたは何をしているの?」
「‥‥。」
そこにはもう誰もいなかったわ。
光よ光 草原の歌を口ずさめ
闇よ闇 闇夜のカラスは隙間にあらず
白と黒 互いにひかれあう
黒と白 互いに依存し愛し合う
森の詩はまだ聞こえるの。油断したら聞こえてくるの。耳を塞いでも聞こえてくる。これは私の声なの?それとも誰かが私に歌わせているの?ねえ。
その時、目の前に不思議なものが浮かび上がったの。それはたくさんの色と形が複雑に絡み合ったヘンテコな模様とでもいうべきかしら。めちゃくちゃに見えるけど、何故か安定感のある不思議な模様で、何か規則性があるようにも感じるわ。でもその規則性を探そうとすると見えなくなるぐらい薄くなってしまうの。どうして?
「それは君がその法則を知らないからさ。今の君は知らないものが見えている状態なんだよ。でももちろん知らないものだから知ろうとすれば消えてしまう。よくある現象さ。」
「あなたはだあれ?どこにいるの?」
「僕は白と黒の間で歌う吟遊詩人さ。君には知る必要もないし、知ったところで何にもならないよ。例えば無数の意味ある数字を見せられても、それが何を意味するのかわからないだろ?僕はそういう存在だし、君が見た変な模様だって同じだよ。わかるかい?」
「私は知らないことは知らなくて当然っていうことを知ったわけね。」
「そうそう。知らないことは知るまでずっと知らないままなんだよ。でもいつか知る時がくるかもしれないし、こないかもしれない。」
「もしかして、あなたは森の詩なの?」
「僕は白と黒の間で歌う吟遊詩人。森の詩は僕にとって子守唄のような存在だ。君がいう絵本の記憶に限りなく似ているね。もはや同じなのかもしれない。」
「ねえ、私はどうすればおうちに帰れるの?それとも、もう帰れないの?」
「それも子守唄みたいなもんさ。いつだって心の中にある。優しい誰かの歌声。あたたかい記憶。産まれた頃の記憶かな。なんだろうね。」
私はわけがわからないけど、とにかく手掛かりが欲しくて吟遊詩人に質問を続けるの。
「ねえ、あなたのおうちはどこなの?」
「僕のおうち?どこだろうね?そうだなあ、例えばこんな話なんてどうかな?」
ある日、少女が暗闇に包まれた不安から自分の意識をどこかへ飛ばしてしまう。その場所にはたくさんの果物や金貨、そして大勢の優しい人々がいました。少女は大喜びで木になった果物を食べて、人々と楽しい宴を行い、たくさんの金貨で好きな洋服や人形をたくさん買って、毎日幸せに暮らしました。その一方で暗闇に残された少女の抜け殻は、暗闇の中で朽ち果て死んでしまいました。しかし少女は遠い場所で今もずっと、この瞬間もずっと、幸せに暮らしているそうです。その少女がふと暗闇に包まれる以前の記憶を懐かしく思い、自分の過去を探し出しましたが、その欠けた暗闇の記憶が戻らない限りそれより先の記憶には辿り着けません。少女は悲しみ、人が誰しもが持つ産まれた頃の記憶がないことをずっと心の中で引きずりながら永遠に幸せな世界で暮らしましたとさ。
「それじゃあ私は死んだってことかしら?あの時、白と白に挟まれた時に。」
「僕は君のことを知らない。だから何とも言えないよ。僕だって君の世界の住人かもしれないし、逆の可能性だってある。」
「この世界が私の作り出した幻なんて絶対にありえないわ。だって私の知らないものがたくさんあるんだもの。知らないものは作れないわ。」
「君が今、僕の声を聞いているように、人と人は繋がっているんだよ。」
細胞は夢を見る 細胞は引き継がれる
僕らは世界が誕生した瞬間の名残り
大きな力が動いて地面は揺れた
僕らはその揺れを生きている
「世界の声を聞いてごらん。たくさんの君がいる。そしてたくさんの僕がいる。他にも大勢の人々。みんな同じ揺れの上で、最初の揺れからずっと繋がっている。一つの命。」
「ごめんさい。もう意味がわからないわ。」
「わかる人なんてもういないよ。もういない。今はいない。昔はいたけど今はいない。」
ちょうどその頃、遠くの方から陽が出てきたの。朝がきたんだわ。吟遊詩人さんの声も消えてしまった。
私は夢うつつなまま、銀色の三角形へ歩きはじめたの。