オプションは偽装交際!~大キライ同期とラブ・トラベル!?~
思わずつぶやいた私に、向居は「だろ?」と笑った。


「早起きして正解だったろ? この雰囲気を味わえるのはこの時間だけだ」


くやしいけれど、納得だ。
今この目にしている光景こそが、この寺の本当の姿。
そして、それを楽しむのが、今回私が目標とした大人の旅と言えた。

じくり、と胸に嫌な痛みが走る。
この痛みの正体を、私は知っている。
昨晩思い知ったから、知っている…。


冷えた空気を肺に入れて、うずく痛みをやり過ごす。
境内を進んでいく向居の後についていった。

しばらく歩くと、本堂の前についた。
重厚な木造建築は、いざ目前にすると圧倒的な存在感があった。
屋根の内側を見上げれば、せり出ている梁のなんて太いこと。頑強に感じさせる幾重も組み重ねた木材も、歴史の深さを感じさせる。
寺社の構造や造りについては不勉強だからこの素晴らしさを十分には理解できていないけれど、こんな大きな建築物を一切の重機を使わず人の手だけで造り上げた、ということだけで驚愕してしまう。

薄暗い本堂内には、観音菩薩がろうそくの灯りに照らされ、かすかな線香の香りとともに厳かな雰囲気を放っていた。

ええと、まず一礼をして…お賽銭と鐘を鳴らすのはどっちが先だっけかな…。
と戸惑っていると、向居が賽銭を静かに落とし、鐘を鳴らして手を合わせた。
私も続けて真似をする。

向居、慣れてるな…。
お参りなんてあまりしないから、つい作法を忘れちゃうのよね。

なんて雑念を抱きつつ、お願いすることを探してみる。

願いごと。

なんだろう。


基樹…。

基樹と…。
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