オプションは偽装交際!~大キライ同期とラブ・トラベル!?~
「わぁすごい…この建物と枝垂れ柳と空のコントラストが絶妙…! ね、向居ちょっとまって、写真撮りたいから…」


興奮気味になってきた私。


「うーん、この建物のたたずまいと小道の入り組みかたもいいわよねぇ…迷い込んだらそこは異世界…みたいな、って…あ、ネコっ、ちょっと待って、ネコちゃーん、撮らせてねー…うーんいいなぁ、古民家とネコ…!」


昼間来たら絶対に気付かなかっただろう風情をあちらこちらに発見し、カメラで撮りまくる。
旅先でいい景色を見つけたらどうしても画像におさめたくなるのは、もう職業病よね。こんないい所があるんだよって誰かに紹介したくてウズウズしてくる…ああ、企画書のイメージが膨らんでくる…。

そして、ふと振り返ると―――さきほど訪れた寺が、穏やかに厳かに、通りを見下ろしているのが見えた。

ああ。
寺町なんだな。

今更ながら気付いた。
当たり前のことなんだけど、解かっていなかった。

ここは、こうして観音様に見守られながら栄えてきたんだ、ってことに。

お寺と、この通りと、住まう人々と生き物、建物―――すべてがひとつ。
ひとつになって初めて息づいて、洗練された風情を生み出しているんだ。
そのことに気づかず、ただ寺を見てお土産をあさって…それだけで、この深い歴史の街を知ったような気になろうとしていたんだ、私…。


私は向居を見つめた。
朝日を浴びながら、スマホで寺を背景に枝垂れ柳を撮っている端正な横顔。


「お、いい感じ…」


とひとりごちて柔らかく微笑む口元。画面を見つめる真剣な目。
その目は確かに本物を見つめていたんだ…。

向居がこうして誘ってくれたのは、私にこれを見せたかったからなのかな。

店が閉まっている時間なんて、私の観光プランでは対象外だった。
最高の旅館で時間を気にせず眠って、朝食を楽しんで、っていうのがセオリーだと思っていたから。
朝を楽しむなんて、私の頭では微塵も思いつかなかった。

チクリ、と胸が痛んだ。

そっか。かなわないはずだ。
向居のこういうところ、やっぱりかなわない。

向居は肌で、感覚で旅行をしているんだ。だから、頭でしか考えていない私にとっては新鮮で、いくら練っても調べてもかなわない気になってしまう。
そうよね、旅行は心を開放するものなのに、感覚を無視したらだめよね。

全然、だめよね。


「うん? どうした?」
< 85 / 273 >

この作品をシェア

pagetop