インモラルな唇を塞いで
「おはよう、真知ちゃん」
「…おはよ」

着替えと化粧を終えて2階の自室から階段を降りてリビングへ向かうと母が朝食の準備をしていた。
机には父が新聞を広げて座っている。珍しい。

「久我原病院」の院長である父は忙しく、滅多に朝が一緒になることはない。
その病院で看護助手を勤める母も夜勤などで生活環境は不規則だが、朝は居ることが多かった。

私が近付いてきたのに気付いて新聞から顔を出すと、柔らかい表情と目が私を捉えた。

「おはよう、真知」
「おはよう、お父さん」

口元だけで少し微笑むと父は満足したように笑った。
眼鏡という共通点以外、兄とは似ていないと顔を見るたびいつも思う。

新聞を畳み、避けるように机の端に置くとまだ湯気の立っているコーヒーカップを持ち上げて口をつけた。

「今日から2年生か」
「うん、そう」
「早いなぁ、あの小さかった真知ちゃんが」

たまに朝顔を会わすといつも似たようなことを言っている。
適当に相槌を打っていると階段から降りてくる足音が聞こえた。

「おはよう、母さん」
「おはよう玲くん」
「父さん、珍しいね」
「ああ。久しぶりに家族揃って朝食だな」

兄は私の隣の席に腰を下ろし、僅かに顔を向けて「おはよう」と言った。
さっきも会ったけどね、と心の中で呟いて「おはようお兄ちゃん」と笑顔で返す。

「みんな揃って良かったわね」
「そうだな。玲、この春からが大変になる。しっかり勉学に励め」
「分かってるよ」

国立医大の3年生になる兄はもちろん父の跡を継ぐために医師を目指している。
私とは頭の出来がまるで違う。全く血が繋がってないわけだから当たり前だけど。

「優秀なお兄ちゃんで鼻が高いわね、真知ちゃん」
「そうだね。お兄ちゃんに勉強見てもらうとすごく分かりやすいし」
「真知の飲み込みが早いんだ。教えるのが楽だよ」
「新学期の学力テストあるの。また勉強教えてくれる?」
「いいよ」
「ありがとうお兄ちゃん」

絵に描いたような幸せな4人家族。
端からはそう見えるのだろうか、なんて下らない想像をしながらトーストにかじりついた。
茶番だと思いながらも平和を維持するためには重要なことだ。
毎日のルーチンワークとして朝食を食べ終え、いつもと同じように学校へ向かった。

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