魔術屋のお戯れ
魔術屋とその内情
厄災の始まり
山村夏姫田舎を追い出された。追い出されたというのは語弊があるかもしれない。夏姫自身田舎にいるのが嫌だったし、保護者にも出たほうがいいと言われ、それに従ったまでなのだが。
保護者は知人を紹介してくれ、頼れと言ってくれたので頼ったものの、すでにその人物はおらず、あっという間に行き場を失ってしまった。そのあとそのまま田舎に戻れば良かったのだろうが、戻る事叶わず、ネットカフェで寝泊りするようになった。
実を言えば夏姫は人嫌いで、必要がないと話さない性格のため、ネットカフェでの寝泊りすら最初は恐怖を覚えたのだが。その上で就職口を探そうというのが間違いで、雇ってくれるところなどない。日雇いの仕事を何度かしたが、逆にその日雇いの仕事のせいで体調に異変をきたす事もあった。
「……困った」
本日何度目の言葉か。すでに財布は空で、通帳にも残高はない。つまりは田舎に帰るお金すらない。止めとして、連絡を取る手段もなくなったのだ。
こんな事になるのなら、田舎で大人しくしていれば良かったと思うがあとのまつりである。
百七十を超える身長にショートの髪、シャツにジーンズ姿はぱっと見て男に見えるのか、行きかう人がこちらを見てくる。
公園のベンチでバックを隣に置き、空腹に耐えながら座っていると、目の前に求人広告が落ちて来た。
「……働いてくれる人いませんかって……何これ」
基本は土日休み、給与は要相談。普通ありえるかと思ってしまうが、思わず食い入るように見てしまった。
「行ってみるか」
背に腹は代えられない。それに変なのなら断れば良いかと思い、そこに行く事にした。
求人広告に書かれた住所にあったのは窓際に「可愛い」ぬいぐるみがこれでもかと飾ってある窓に、レースのカーテンが綺麗にまとめられているファンシーショップだった。
「……うげ」
まずもって接客はできないし、夏姫の趣味からはかなり程遠い。
「どうした?」
後ろからいきなり声をかけてきた男がいた。黒髪のこざっぱりとした髪型に、ドーベルマンとかそのあたりの番犬を思い起こしそうな二十四、五歳くらいの男だった。
「……別に」
「それ持ってて、『別に』はないだろうが」
初対面の男になぜそんな事を言われなくてはいかんのか。
ぎいっと扉が開いた。
「やっぱりいたぁ」
十二、三歳くらいの外見に赤毛の長い髪を両サイドで結い、空を髣髴とさせるようなくるりとした青い瞳が印象的な少女が嬉しそうにこちらを見つめてきた。
「は!?」
扉を開いた子供が抱きついたのは夏姫だった。
「魔青、師父はいるか?」
「いるよぉ? 今日は魔青の新しいマスタになってくれる人が絶対来るからって」
にっこりと笑って子供が言う。
「ほれ、入るぞ」
男と子供で夏姫の腕を引いて中へ引きずっていく。
中は外見に反しすぎた場所だった。店のど真ん中の床に、素人目に見ても分かりやすい魔法陣が描いてある。店の外見からしてもある意味詐欺じゃなかろうかと思うほどだった。
「……か、帰る」
少女の力は思いのほかあるらしく、夏姫の腕を掴んで離さない。そうしているうちに男のほうは勝手知ったるものなのか、レジ脇の階段をすたすたとあがっていった。
「おや、紅蓮。予定の時間よりも早いね。どうかしたのかい?」
「外で契約書もってうろうろしている馬鹿がいたから連れてきた」
契約書って何のだよ。夏姫が持っているのは、求人広告だ。
「予想より早い顔合わせだね。……まぁ、いいよ。薬は出来た。魔青と一緒に持っていってもらいたい。まずは来客と話をするから、このまま踊り場で待っていてもらえないかい?」
階段を降りる音とともに、おそらくさっき師父と呼ばれた人物と思われる男が、姿をあらわした。
「ようこそ。魔術屋『魔青』へ」
これが、夏姫に降りかかった厄災の始まりだった。
保護者は知人を紹介してくれ、頼れと言ってくれたので頼ったものの、すでにその人物はおらず、あっという間に行き場を失ってしまった。そのあとそのまま田舎に戻れば良かったのだろうが、戻る事叶わず、ネットカフェで寝泊りするようになった。
実を言えば夏姫は人嫌いで、必要がないと話さない性格のため、ネットカフェでの寝泊りすら最初は恐怖を覚えたのだが。その上で就職口を探そうというのが間違いで、雇ってくれるところなどない。日雇いの仕事を何度かしたが、逆にその日雇いの仕事のせいで体調に異変をきたす事もあった。
「……困った」
本日何度目の言葉か。すでに財布は空で、通帳にも残高はない。つまりは田舎に帰るお金すらない。止めとして、連絡を取る手段もなくなったのだ。
こんな事になるのなら、田舎で大人しくしていれば良かったと思うがあとのまつりである。
百七十を超える身長にショートの髪、シャツにジーンズ姿はぱっと見て男に見えるのか、行きかう人がこちらを見てくる。
公園のベンチでバックを隣に置き、空腹に耐えながら座っていると、目の前に求人広告が落ちて来た。
「……働いてくれる人いませんかって……何これ」
基本は土日休み、給与は要相談。普通ありえるかと思ってしまうが、思わず食い入るように見てしまった。
「行ってみるか」
背に腹は代えられない。それに変なのなら断れば良いかと思い、そこに行く事にした。
求人広告に書かれた住所にあったのは窓際に「可愛い」ぬいぐるみがこれでもかと飾ってある窓に、レースのカーテンが綺麗にまとめられているファンシーショップだった。
「……うげ」
まずもって接客はできないし、夏姫の趣味からはかなり程遠い。
「どうした?」
後ろからいきなり声をかけてきた男がいた。黒髪のこざっぱりとした髪型に、ドーベルマンとかそのあたりの番犬を思い起こしそうな二十四、五歳くらいの男だった。
「……別に」
「それ持ってて、『別に』はないだろうが」
初対面の男になぜそんな事を言われなくてはいかんのか。
ぎいっと扉が開いた。
「やっぱりいたぁ」
十二、三歳くらいの外見に赤毛の長い髪を両サイドで結い、空を髣髴とさせるようなくるりとした青い瞳が印象的な少女が嬉しそうにこちらを見つめてきた。
「は!?」
扉を開いた子供が抱きついたのは夏姫だった。
「魔青、師父はいるか?」
「いるよぉ? 今日は魔青の新しいマスタになってくれる人が絶対来るからって」
にっこりと笑って子供が言う。
「ほれ、入るぞ」
男と子供で夏姫の腕を引いて中へ引きずっていく。
中は外見に反しすぎた場所だった。店のど真ん中の床に、素人目に見ても分かりやすい魔法陣が描いてある。店の外見からしてもある意味詐欺じゃなかろうかと思うほどだった。
「……か、帰る」
少女の力は思いのほかあるらしく、夏姫の腕を掴んで離さない。そうしているうちに男のほうは勝手知ったるものなのか、レジ脇の階段をすたすたとあがっていった。
「おや、紅蓮。予定の時間よりも早いね。どうかしたのかい?」
「外で契約書もってうろうろしている馬鹿がいたから連れてきた」
契約書って何のだよ。夏姫が持っているのは、求人広告だ。
「予想より早い顔合わせだね。……まぁ、いいよ。薬は出来た。魔青と一緒に持っていってもらいたい。まずは来客と話をするから、このまま踊り場で待っていてもらえないかい?」
階段を降りる音とともに、おそらくさっき師父と呼ばれた人物と思われる男が、姿をあらわした。
「ようこそ。魔術屋『魔青』へ」
これが、夏姫に降りかかった厄災の始まりだった。
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