ハロー、カムアロングウィズミー!

その日から数週間後。
運命の悪戯か、ただの偶然か、俺は再び有坂行直の名前を目にすることになる。

毎朝(まいあさ)新聞には毎月一回『策士に聞く!』という人気連載企画がある。
やり手の経営者からプロスポーツチームの監督まで、各界の“策士”たちが、自分とは違う業界から一名の“策士”を指名して対談をするというものだ。

毎朝新聞がトーナメント戦のスポンサーを務めている関係からか、年に一度は有名棋士の対談が企画される。
そして、今年は先日無事に棋聖戦で三度目の防衛を果たした有坂棋聖に白羽の矢が立ち、どういう訳か対談相手に俺が選ばれたらしい。

はじめ事務所に依頼があった段階で、秘書の透も当然俺が断るだろうと思った仕事だったため、対談相手を聞くやいなや俺の目の色が変わったのに、大層驚いていた。

『なに?たまには征太郎も真依子ちゃんと温泉でしっぽりしたくなった?』

対談の場所が有名旅館だと知って、冷やかし混じりに透が問い掛ける。

『バカ言え、仕事だ。一人で行くに決まっているだろう。このところこの手の取材は断っていたから、たまにはな』
『えっ?もしかして、征太郎、日帰りするつもりか?』
『もちろん、そのつもりだが?』
『はぁ。神宮寺リゾートリゾートなら、真依子ちゃんも絶対喜ぶのに……』
『とにかく、すぐに先方とスケジュール調整しろ』
『ハイハイ、わかったよ』

呆れる秘書を放置して、視線を手元の資料へと戻す。しかし、どんなに集中しようとしても、頭の中に浮かんできた疑問だけは消し去れなかった。

有坂は、どうして俺を指名してきたのか。

どんなに政界のプリンスと騒がれようと、政府要職にも就いていない俺は、一介の国会議員に過ぎない。
政界の“策士”といえば、他にも大勢の顔が思い浮かぶだろう。むしろ、世間は俺に“策士”の一面があるとはまるで思っていないはずだ。
収賄騒動や結婚で一時期大きく騒がれたものの、結婚後にはつとめて目立たないように心がけてきた。
本来の政治家がやるべき仕事に集中できるようにと、メディアへの露出や取材も出来る限り断ってきたというのに。

腑に落ちない点は山ほどあるというのに、気が付けば透にスケジュールを調整するように指示していた。
つくづく、真依子が絡むと俺はらしくない行動を取ってしまうらしい。

心の中で自分自身にため息をついて、今度こそしっかりと頭を切り換えた。
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