ハロー、カムアロングウィズミー!
離れへと向かう渡り廊下はひっそりとしていて、俺と俺を迎えに来た毎朝新聞の記者の足音だけが響いた。
今日は、俺一人でここへやってきた。
記者とは現地集合の予定で、ただ話をするだけだから帯同は不要だと、透には久々に休暇を取らせた。先月生まれた子どものお宮参りに行かせるためだ。
真依子を通して聞く瞳の話では、透も今や立派なイクメンになっているらしい。
親友が必死にオムツ替えをしている姿を思い浮かべたものの、どうもしっくりこない。やはり、あの透が甲斐甲斐しく子どもに世話を焼いているところなど、簡単には想像しがたいのだ。
重厚な木の引き戸を開けて中へと入る。純日本風の造りだが、想像していたより広くはない。建具や家具、ファブリックに至るまで、この地方の伝統的な工芸品をモチーフにした装飾が随所に施されているのが印象的だが、先ほどまでいた広々して開放的な客室とは違い、隠れ家のように良い意味でこじんまりとまとまっている。
正面の襖を開けば、離れの客専用だという日本庭園が見える。
先ほどまで窓から眺めていた雄大な景色を思い出して、あれと引き換えにするにしてはやや物足りないなと感じたものの、きちんと手入れの行き届いた庭が独り占めできるのならば悪くはないと思い直す。あえて建屋に合うようにと小さめに設計されているのかも知れない。
「そこから、風呂にでられるそうですよ」
庭を眺めながら立ったままの俺に、記者がすぐ隣の扉を指さして説明する。
なるほど、居室とは別の角度から庭を眺められる位置に、離れ専用の露天風呂があるらしい。
湯に浸かりながら庭をじっくり眺められるのなら、ますます悪くない。
「はじめまして」
勝手にこの部屋の趣向に納得していると、突然背後から声を掛けられた。
おそらく、今日俺をこの場所へと呼び寄せた張本人だろう。
「初めまして、高柳征太郎です」
いつものように、微笑みながら振り返る。
相手が男であろうが、関係ない。万人受けするよう研究し尽くした上での、この表情だ。
「どうも、有坂行直です」
俺の微笑みを「どうも」と軽く受け流した男。年齢よりはいくつか若く見えるのは、元より童顔なのか、浮き世離れしている職業のせいか。若々しいスーツ姿は、就職活動中の学生とさほど変わらぬようにも見える。
そんな相手の風貌に俺は少しだけ余裕を取り戻す。将棋界の第一線で活躍しているといっても、有坂は七つも年下だ。人生の経験値から言えば、俺が恐れる理由はない。