桜祭り!【SS集】
十夜×凜子 『花冷え』
夕方から降りだした雨は、お花見の空気を感じ取ったのか、暗くなる前に退散していった。
「凜子さんと無事、お花見ができてホッとしました」
土手に沿って並んだ桜の木々たちは、ほんのりとライトで照らされていた。幻想的なその光景を見て、十夜さんが唇に弧を描く。
「まだ花びらが濡れていますね。散らなくてよかった」
袷を着た姿は夜桜とお似合いで、妖艶な雰囲気がいつもより増していた。
「本当ですね、半分諦めていたんですけど……」
うっすらと色づいた身体を精一杯広げている……そんな桜たちが集まると、ふわふわと柔らかいような、それでいて凛とした強さもあるような、なんとも言えない美しさがある。
「……綺麗、ですね」
桜を見上げながら呟くと、そっと十夜さんが顔を覗き込んできた。
「……凜子さんが? ……というのは、お決まりすぎるでしょうか?」
「……っ、いえ、う、嬉しいです……けど、恥ずかしいです……」
お決まりの流れでも、お世辞だったとしても、十夜さんに甘い言葉を言われると、頬は勝手に熱くなる。
付き合いだしてから幾度となく甘い言葉をもらったのに、まだ慣れそうにない。……たぶん、相手が十夜さんだから、慣れることは一生涯ないだろう。
「……桜って、こんなに綺麗だったんですね」
「十夜さん……?」
ポツリと漏らした十夜さんの言葉を聞き返す。
「いえ、今……純粋に桜を楽しめているな……ということに気づいて」
「純粋に……? 今までは違ったんですか?」
「ええ、この時期はお茶会などが多くて、結構バタバタしているんです。だから、春らしい色はどれかな、桜に合う着物はこういうのかな……と、仕事のことばかり考えていたように思います」
「そういうことですか」
仕事熱心な十夜さんのことだから、きっと歩いているときも、ご飯を食べているときも無意識に考えてしまっていたのだろう。
納得していると、十夜さんが私の頭に手を伸ばし、ポンポンと優しく撫でてきた。
「十夜……さん?」
上目遣いで様子を窺うと、長い指で私の髪をさらりと梳いていく。
「でも、今は違う。凜子さんといると、仕事を忘れられます。すごくリラックスできて、桜を心から楽しめています。……ただ、すぐに貴女しか考えられなくなりますけど」
「っ、えっ、と……」
クスリと笑いかけられ、なんと言っていいかわからずに俯く。
「少し、冷えませんか?」
「あっ……」