眠れぬ王子の恋する場所
土曜日の朝九時。
社長に教えてもらった住所にはひとつのアパートが建っていた。
私が住んでいるアパートよりも立派な建物を前に、こういうところに住んでたのかと思いながら敷地内に足を踏み入れた。
付き合っていた間、隆一が私の部屋にくることはあっても逆はなかった。
『ごめん。散らかってるんだ』『また今度招かせてよ』なんて言ってたけど、もしかしたら嘘だったのかもしれない。
ただ単に、ここに来られたくなかっただけかもしれない。
またひとつジクリと痛んだ胸の前で手をギュッと握りしめながら、一階、一番手前の部屋のインターホンを押す。
寝起きが悪い隆一のことだ。
どうせ一度や二度インターホンを押したところで起きないだろうと判断し、最初から連打する。
『んー……ごめん。目が開かない』
一緒に夜を過ごした翌朝は、いつも、午前中はそんなことをむにゃむにゃ言ってなかなかベッドから下りなかった。
そんな隆一からしたら、土曜日の朝からこんな連打されたら結構な嫌がらせに思うだろうなぁと思いながらも指を動かしていると、そのうちに中からガタガタと音がし、勢いよく玄関が開けられた。
「もー……誰……休みの朝からうるさ……」
白いTシャツに黒いスウェット姿の隆一が、私を見るなり言葉を止める。
黒い髪は右眉の上で分けられ、そのまま左に流されている。人のよさそうな目尻の下がった瞳が、私を見て大きく開き……その瞳に過去の私と隆一が見えるようだった。
初めて職場の飲み会で話したとき、この、いかにも優しそうな瞳を細めてにこにこしていたなぁと懐かしくなった。
右目の近くにある泣きボクロを眺めながら、隆一とのことを思い出す。