眠れぬ王子の恋する場所
「真琴……どうしたの? 久しぶりだね」
「……久しぶり」
閑静な住宅街の中に建つアパートは静かで、時折通る車の走行音しか聞こえない。
「急に仕事を辞めたって聞いて驚いたよ。連絡も取れないし……でも、無事で安心した」
隆一は、自分が私の悪い噂を言いふらしていたってことが私にバレているとは気付いていないんだろう。
白々しい言葉に呆れて笑いそうになりながらも「そう」とだけ返した。
会社を辞めたと同時に、隆一の番号を着信拒否にはした。
でも、引っ越しはしていないし、本当に心配していたなら会いにくることはできたハズだ。
口先だけで優しい言葉を並べる隆一を前に、きっと出逢ってからずっとそうだったんだろうなと思った。
私に向けた優しさ全部が、本心からではなかったんだろう。
隆一は、いつも温和な態度だから見抜けなかったし……正直、今でも隆一に裏の顔があるなんて信じ切れてはいないけれど。
「実は、話があって」と切り出すと、隆一は「話?」とピクリと眉を動かし……それから、わずかに気まずそうに目尻を下げた。
「真琴……ごめん。正直に白状すると、真琴と連絡がとれない時間が続いたから俺は勝手に自然消滅したものだと思って……その、今、新しく付き合い始めた子が――」
「大丈夫。私ももう終わったと思ってるから。……私が退職届を出したときに。……ううん。もっと言えば、あることがあってから」
話を遮った私を、隆一が「あること……?」と、じっと見つめる。
不思議そうな顔を見上げながら口を開いた。
「私の部屋から、お金がなくなったの。私が退職届を出す少し前なんだけど……隆一、知ってる?」
〝知らない〟って言って欲しい。
できれば、違っていて欲しい。ちゃんと……隆一は私を想ってくれてたって思いたい。
探るように見つめる先で、隆一は表情を強張らせることなく、心配そうな色を浮かべる。