眠れぬ王子の恋する場所


どこをどう歩いてきたのかは覚えていなかった。

ただ、何も考えずに電車に乗り歩いてきた先に、気付けば久遠さんのマンションがあった。

仕事でもないのに、土曜日の午前中に押しかけるなんて非常識だとか。そもそも、久遠さんが今、ここにいるかわからないとか。
もしかしたらもう、ホテル暮らしに戻ったかもしれないとか。

色んな考えが浮かんでは、そのまま頭のなかをすり抜けていく。

自分自身が、なにを考えてなにを求めてここにきたのかは分からなかったけれど……マンションを前にしてみて、無性に久遠さんに会いたいと思う自分に気付く。

細かい理由まではわからない。
でも、どうしても久遠さんに会いたいと思ってしまっていた。

どうしよう……と考えた途端、でも迷惑ならハッキリ言う人だとすぐに答えが追ってくる。

友人関係でもない久遠さんの部屋を突然訪問するのがどれだけ失礼かをわかりながらも、今はそれを念頭に考えることはできずに、ただ会いたいという想いだけを優先してしまっていた。

ゆっくりと歩き、マンション内に入る。
それから、覚えていた久遠さんの部屋番号を押すと、しばらくしてからインターホンの音が変わる。

恐らく、久遠さんがインターホンをとったんだろう。
ジー……とわずかな音が聞こえてくる。

やっぱり驚いたのか、久遠さんはしばらく無言だったけれど、そのうちに『……今、開ける』と声が聞こえてきて……途端、ホッとする。

隆一の部屋に向かっている間からずっと張っていた緊張の糸がプツリと切れたみたいに、肩の力が抜けたのが自分でわかった。

久遠さんが開けてくれた自動ドアから中に入ると、土曜の午前中という時間帯もあってか張りつめたような静けさが広がっていた。

ガラスの向こうに見える綺麗な庭園をぼんやりと眺め……目の奥が熱くなる。




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